stalking voice〜その声に囚われました~






それは、きっとしあわせだった。
ううん、絶対、より純粋な幸福がそこには存在してた。

なのに、人は幸せを一度享受してしまうと、今度はそれよりも「真実を知りたい」が勝ってしまう。
たとえそれが、今の幸せをいくつか代償にしなくてはいけないと分かっていても。

調べてしまった。
調べなきゃよかった。

それを知ったって、もう彼を好きな気持ちは減りようがないって思ってるのに。


(……え……、なんで……? )


驚いたふりも、信じられなくて何度も検索し直すのも、誰に嘘を吐いてるの?

――Beside Uが消えてる。

少なくとも、ストアで見つけることはできない。
何かあったんだろうか。
ううん、そうとしか考えられない。
寧ろ、そうであってほしかった。
だって、そうじゃなかったら。
まるで、私が泉くんと出逢って、付き合って、結婚して――もう、必要がないみたい。


(そんな馬鹿な。私だけの為に、アプリやサービスが作られたなんて。どんな自意識過剰)


だって、そうでしょ。
だったら、他の利用者は?
あの、会場で騒いでた男性は?
それを言うなら、私がBeside Uを知るきっかけになった、あの女の子たちは?

それが、私の為に用意されるはずないじゃない。
私みたいな、どこにでもいる、ただの――……。


「……何してるの? 」


ビクッとしないように必死で耐えたはずだったけど、それもきっと失敗だった。


「何のアプリ? 」


後ろから首に腕を回して、胸へと寄せる力はけして強くない。
荒いどころか、途中私の首筋や頬を撫でる余裕すらあって、震えたのも忘れるくらいとろんとした甘さを湛えていた。


「……あ……」

「ん……? 」


答えなくちゃ。ごまかさなくちゃ。
きっと、今、まずい状態――………。


「懐かしくなって。Beside U、探したんだけど、なかっ……」


そう、警鐘が鳴っても。
嘘やごまかしなんて、「懐かしい」なんて付け加えたのがせいぜいで。


「ん? なんか、問題でもあって削除されたのかな。よかった、君が被害に遭わなくて」

「う、うん……ん、っ……」


よかった、普通の反応だ――わざとかと思うくらい、ほっとした瞬間を狙って、耳朶を指で緩く挟まれた。

それは、まるで。


「人妻がそんなの調べちゃだめでしょう。そうやって、僕を不安にさせたら……」


――今から苛めるよって、宣言したみたい。


「……君が身ごもるまで、ここに隠しちゃうかも」


(……まるで、じゃない)


怯えさせて、「だから、しないでね」っていう忠告でもなかった。
わざと事前に知らせておいて、反応を楽しむ――だったら……?


「なんてね。今のは、さすがに怖かったかな。ごめん」


そんなことないって首を振ったのは、怖くなかったからじゃない。
だって、ここで頷いてしまったら、私の想像が正しいと認めてしまう。


「……あれ。反応されちゃうと、困っちゃうけど……嘘、嬉しいけど。これ以上はまずい……かな」


時計をはめた腕をつられて見ると、ほんの少し袖を捲っただけ。シャツだって、そんなに乱れてない。
軽く整えて、上着は私の肩を包むのに使って。


「ゆっくりしてて。会議終わったら連絡する。そのカード、大抵のところは出入りできるけど、迷子にならないでね」


なのに、私は酷い有り様だった。
彼の上着がないと、少なくとも今すぐにはどこにも行けない。

自由、でも、実質的な拘束。
だって、仕方ない。
外に出たら、迷子になってしまうんだから。


(……ああ、そっか)


私の為のアプリ、なんて本当に自意識過剰。
もし、あれがすべてたったひとつのことの為に、用意されたのなら。

――彼の、為だ。





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