stalking voice〜その声に囚われました~
もちろん、覚悟はしてた。
考えて、納得して、望んで受け入れたことだから。
でも、実際その兆候があって、調べた結果を脳がちゃんと聞き入れてくれない。
どこか自分のことじゃないような気もするし、それでいて少し手が震えた。
初めてのことに困惑し、不安で怯えてる。
そんな自分の姿を見て、やっと腑に落ちた。
――私、妊娠したんだ。
・・・
「ただいま」
「おかえりなさい」は、思ったより自然に言えた。
でも、想定してた次の言動に対する返答は、タイムリミットを迎えても思いつくことができなかった。
「用事があるって言ってたけど、大丈夫だった? 何も変わったことない? 」
ただの買い物かもしれないのに、寧ろその可能性の方が高いだろうに。
「変わったこと」なんて表現をする彼は、どれだけ過保護なんだろう。
「大丈夫……」
「……って顔じゃないね。ね、あゆなちゃん」
「何もなかったよ」は、さすがに嘘になってしまうから言えなくて。
自分では「大丈夫」だと思ってそう返事をしたけど、彼にはそれも隠せない。
「僕って、そんなに頼りない……? 」
「え……」
どうして跪くの。
ソファに座ったままだったのが、いけなかったのかな。
まるで、プロポーズみたいに左手を取って、もちろん指輪をはめたままの指に口づけた。
「言ったでしょう。僕が気づかないわけないって。相談してもらえなかったの、悲しかった」
気づかれてた。
もしかしてって思ったのも、怖かったのも、言おうか散々迷ったのも。
「ぬか喜びさせたら悪いって思った? それとも、嫌がられたらって悩んだ……? 」
「……た、立っ……」
きっと、両方不安だった。
でもそれは、泉くんがっていうより、どんな相手でも多くの人が同じ気持ちになるものかもしれないのに。
「ごめんね。そんな思いさせて」
返事とは別の言葉しか出てこない私の手首に、誓いのような印を。
「どんな結果にしても、その責任は僕にあるんだよ」
「わ、私、だって。泉くんだけじゃ……」
「……ない、なんて言わないでね。負わせてよ、僕に」
もう座ってられなかった。
すると、なぜか少し驚いたのか、彼が慌てて立ち上がって側で支えてくれてほっとする。
「事実、そうなんだし。そんなことしたのに、一人でいようとされると悲しい。……だから、抱え込まないで、せめて僕のせいにして」
嫌だ。
泉くんの「せい」なんて言うのは、いや。
だって、これは――……。
「あゆな……」
泣きながら首を振ると、ベッド以外で呼び捨てにされて、こんな時なのに胸がときめく。
そんな感情が生まれるのなら、私、やっぱり。
(すき。何がどうだったとしても、好きなんだ)
「……私には、嬉しいことだから。私、にんし」
そっとキスされて、ファーストキスを思い出した。
(……おなじ。変わらないよ)
ドキドキするのも、嬉しいのも、恥ずかしいのも。
「僕だってそうだよ。すごく嬉しい。……怖かったね、ごめん。僕が、苛めすぎちゃった」
ふわりと。
包み込むというには、まだ空間がありすぎる。
まだ気を遣ってくれてるのが分かって、嬉しくて満たされる。寂しくて、また隙間を埋めたくなる。
自分からくっついてやっと、少し寄せられ。
反対の手で、宥めるように頭を撫でて。
それはまるで、泣き止まない小さな子どもをあやす時に似ていて、お母さんになる――もうなってるのに、こんなことでいいのかなって複雑だった。
「本当にごめん。……僕が意地悪なの、ベッドでだけだったけど」
「……今もだよ? 」
いいのかな。
彼の前では、こんな私で。
耳のすぐ側で聞こえる、クスッも。
涙を掬う指先も、もう意地悪じゃなかった。
――意地悪なんかしなくても、私は囚われてる。
出逢ったのは、偶然でも運命でもなくても。
今この腕の収まったのは、私が自分から中に入ったからだ。