stalking voice〜その声に囚われました~
新たな幸せのはじまり









『ありがとう』


病院のベッドの上で、手を取られ包まれる。
無事に生まれてきてくれて、ただほっとして他に何も考えられない――確かに、そうだったんだけど。

もうどうだっていいような、彼と出会う――Beside Uをインストールするきっかけになった、あの元彼のことを思い出した。
それは、あの人と過ごした日のこととか、告白された瞬間が懐かしくなったとかじゃなくて。
そういえば、また連絡先を消去するのすら忘れてたけど、きっともう、むこうからいなくなっちゃったんじゃないかなって。
あれから少し時間も経ったし、もう他の人だって見つかってるだろう。
それに、最早確かめる気もないけど、もしかしたら――彼と付き合って、なのに何もないまま、あんなことになったことも偶然じゃないのかもしれない――そんなことが、なぜか今ふと思い浮かんだ。


(……本当に、どうでもいいことだ)



『頑張ってくれて、ありがとう』


労いにしてはひどく甘い声が、私を彼のもとに連れ戻す。
汗と涙でぐしゃぐしゃの顔や髪を撫でられると、また泣きたくなった。


『代わってあげられなくて、ごめん』


無理を言うのに少し笑うと、彼まで泣き笑いみたいな顔をするから。
堪えきれずにまた、目の端から涙が滑っていった。
頬に到着する前に、そっと指先が止めてくれたのに、更に唇で拭われてしまう。


『発想おかしい? でも、してあげられることが大してないの、もどかしかった』


代わりに産んでもらうことはできないけど、あの妊娠を伝えた日から、泉くんの溺愛と過保護は更に激化し、すごく大切にしてくれた。
寧ろ、あまりに心配と世話を焼きすぎるせいで、どこにいたらいいのか困惑したくらい。
会社にいたら仕事にならず、家にいたら「目の届かないところにいたら、それはそれで仕事なんか手につかないよ」って、それこそ私が子どもになったような気分だった。


『たくさん、してくれたよ。……それより、泉くん……』

『なに? 何か欲しいものとか、してほしいこととかある? 遠慮しないで……』


――ある。お願い。


『看護師さん、困ってるから……! 』


彼が落ち着くまで、赤ちゃんを抱っこしてくれてる看護師さんは、可哀想に真っ赤だ。


『あ……君になんかあったらと思うと、つい。恥ずかしいね』


(……そうだね……)


私は今、恥ずかしいとか思う気力ないけど。
普通なら、彼女と同じくらい真っ赤になってたと思う。


『何となく、君って感じがするね』

『そうかな……。泉くんに似た方がいいな。美人になる』


自分の遺伝子を受け継いでると思うと、不思議な感じ。
そう言われてみると、自分にも似てるのかなって本当はちょっと嬉しい。

それに、何より。


『そんなことないよ。でも、そうだね。僕にも似てるかも』


そうやって、抱っこしてるの見るのが、本当に幸せ。
それに本当は、人前でも変わらず、甘く囁かれるのも。


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