聖なる夜に新しい恋を

◇◇◇

 目覚めてすぐ、違和感の正体に気付いた。朝日に照らされた見慣れない色のシーツと、甘く気怠い疲れの染み込んだ体。自分の部屋ではないここで、昨晩行われたことが呼び覚まされる。


(すごかった……)


 大体、二回戦なんて聞いていない。それは若さ故なのかもしれないが。


(あんなの知らない。初めて……)


 昨日、それの真っ只中、自分の体も脳も全てが言うことをきかなくなり、喉からは知らない声を発していた。触れられた肌も、シーツをかすめた胸の飾りも、えぐられた肉壁も。全てが彼を欲し、彼に与えられた快楽をむさぼるしかなかった。

 半年ほど前、かの最低な男とも同じ行いをしたはず。なのに、それとは全然似ても似つかない体験だった。すんなり彼を受け入れたのだから、寸法はそんなに違わないのだろう。だが、息が吸えなくなるような存在感と、腹の奥に別世界を抱いたような、満ち足りた何かを感じていたのだ。彼に触れられたところが命を持ち、享受しきれない何かが芽吹く感覚。彼に攻め立てられているのに、彼に助けを乞うしか出来なかった自分が情けない。

 それにしても。


(──あの時、別人みたいだったのに)


 上体を起こし、ローテーブルに置かれたままの鏡を手にした。映っているのは、メイクが取れた汚い自分の顔。

 あの時──確かにあの時、私ではない私が映っていたのだ。体制を変える時に、ふと目にした鏡の中。色香をまとったとか、高揚しただとか、そんなものではない。もっと見ていたくなる程、魅力的で、興味深い、別の何かが映っていて。──それに惹き込まれそうになったが、彼の声で我に返ったのだ。返った先は、快楽の海であったが。

 昨日彼は、色が正確に見える鏡だと言っていた。確かに、照明もないのに顔色がうっすらよく見える。普通の鏡だと、ガラス部分の青みが反射し、顔色が実物よりわずかに陰るのだ。
 今見ても、中には等身大の自分の顔が映るだけ。やはり昨日見たと思ったものは、単なる気のせいだったのだろうか。


(そういえば、)


 鏡を置いて辺りを見渡した。昨日来た時とは違い散らかった部屋。だが、そこは重要では無い。起きてから彼を見ていないのだ。部屋にはエアコンのごうごうという風の音が響くばかり。聞き耳を立てても、シャワーの音は聞こえて来ない。

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