【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
「泣かせたくなかったのに」
ランティスが振るう剣は、いつもの洗練されたものではない。
荒々しくて本能のまま振り下ろされる剣は、どこまでも重い。
ほんの数分しかたってないのか、長い時間がたっているのか、それすらもわからないままに剣は振るわれる。
「わ、とと……。これは、さすがに」
その時、小さなつむじ風が起こった。
その風は、徐々に強く激しくなって、メルシアの乗っている馬車を揺らす。
「――――あら、フェイアード卿がピンチに陥ってるなんて」
暴力を宿した風が吹き荒れる中、その高くまとめた黒髪も、ローブもほんの少し揺れることすらなく、女性が近づいてきた。
「ね、あなた」
着崩した詰め襟の騎士服。
その隙間から、黒いリスが姿を現す。
可愛らしいその外見には似合わない、黒い霧を纏って。
黒い霧がなければ、普通のリスに見えるだろうそれは、直前までランティスと剣を交えていたフードの男の頭に飛び乗る。
直後には、ドサリと鈍い音がして、フードの男が地面に倒れた。
それと同時に、はらりとフードが外れ、その素顔が明らかになる。