【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
「――――アイリス」
「マーシス。遠征から帰ってきていたの?」
その名前は、メルシアにとっても予想外だった。
(特級魔道士マーシス様?)
マーシスは、メルセンヌ伯爵領を襲った魔獣を広範囲魔法で消し去った功績で、特級魔道士に上り詰めた。
ランティスとともに、メルセンヌ伯爵領にとって、英雄であり恩人だ。
「――――あ、あの。ご挨拶が遅れました。メルシア・メルセンヌと申します」
「……メルセンヌ」
ぼそりとつぶやいたマーシスは、被っていたフードをパサリと外した。
とたんに、メルシアの目の前には、真っ赤な瞳が現れる。
こげ茶色のよくある髪色に対して、ワインのような赤い瞳だけが、妙に人目を惹く。
はじめに目を奪われた、赤い瞳。
それから落ち着いてみれば、予想以上に整った顔をしていることがわかる。
「本当だ。メルシア・メルセンヌ。なぜここに」
その瞳から目が離せなくなったメルシアの肩に、そっと手が置かれた。
「ランティス様」
ホッと息をついて、顏を上げたメルシアは、けれど、どこか険しいランティスの表情に息を呑む。
「……特級魔道士マーシス殿。ご無沙汰しております」
「……フェイアード卿」
戦場では、ともに戦った騎士団の仲間であるはずの二人。
けれど、お互いの空気はあくまで冷たい北風のようだとメルシアは思った。