【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
告げようとした言葉は、バチバチッという雷が落ちる直前のような音に遮られる。
その音と共に、目前に生まれた紫色の光を帯びたメルシアの身長ほどの魔法陣。
その魔法陣は、魔法に慣れ親しんだメルシアでも、見たことがない文字で埋め尽くされている。
魔法陣の真ん中から、差し伸べられたのは、細い女性の手だ。その手が、メルシアの腕を掴む。
「グルル……」
聞いたことのない、ランティスの唸り声。
(まだ、人間の姿に戻れないんですね……)
ランティスが、人に戻れたなら、なんとしてもメルシアを助け出しただろう。威嚇する必要なんてないのだ。
掴まれた手は、振り解こうと思えば解けそうだ。
けれどメルシアは、「ごめん……」と魔法陣の中から聞こえた声に、腕の力を緩め素直に従うことを決めた。
「ガルゥッ!」
ランティスが、その手に向かって飛びかかったのと、魔法陣が消えたのはほぼ同時だった。
「っ……」
その名を叫ぶことすらできない、もどかしさとともに、ランティスの胸中は、自分とこの姿への嫌悪で埋め尽くされていく。
だが、それも一瞬だ。
もどかしく白い毛で覆われた小さな手で鍵と扉を開くと、ランティスは隣の部屋に駆けて、早く開けろとでもいうように、扉に体当たりをした。