【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
「……ね、ねえ。ところで、フェイアード卿、まだ狼の姿から戻れないの?」
メルシアが拐かされるなんて、絶望的な状況下、ランティスの姿は狼のままだ。
メルシアから離れているにも関わらず。
「……グル」
「…………クルルク! メルメルの居場所は」
胸元から現れたリスを取り巻く黒いモヤが色濃く深くなる。それと同時に、アイリスの魔力が勢いよくリスに向けて流れ込んでいることが、精鋭であるランティスとマーシスには、感じ取れる。
「くっ……。ずいぶん巧妙に痕跡を消している」
その時、精神と魔力を集中していたアイリスだけが気がついた。
扉の外で、聞き耳を立てていた気配が消えたことに。
アイリスの体からは、クルルクと呼ばれたリスと同じ色の黒いモヤが生まれる。
アイリスの黒い瞳と髪。
まるで、地の底に引き摺り込もうとでもいうように、地から生えた黒い腕のように揺れる闇色のモヤ。
その全てが、禍々しく、その姿をほとんどの人間が恐れ、アイリスを忌避するに違いない。
「……魔法を使う姿は、誰にも見せたくなかったのでは」
マーシスがつぶやいた言葉は、驚きを含んでいた。
アイリスは、一番得意とする闇魔法を使う姿を人に見せることは、決してない。
だからこそ、ほとんどを研究に費やし、訓練にもできる限り参加しない。
遠征すら余程のことがなければ、マーシスに任せきりだ。