【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
急に覚醒してくる意識、寒気を感じるくらいの焦燥感。
メルシアは、勢いよく起き上がる。
「ランティス様!」
ランティスの頭から、小さなリスが飛び降りて、メルシアとランティスに背を向けて走り去っていく。
「ランティス様!」
ポタポタと零れ落ちる赤い雫は、明らかに白い毛並みを赤く染めているものだ。
メルシアが、抱き寄せようとすると、それを拒絶するようにクルリとランティスは背を向ける。
「……ら、んてぃすさま」
唇がしびれたようになって、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
先ほどまで、感じることがなかった恐怖で、メルシアの心がひしゃげてしまいそうなほど縮み上がる。
「……ワフ」
「あ、あの……」
どう考えても、騎士として剣を振るう人間の姿と違って、たった一匹の狼が魔法や武器を使う人間を相手にするなんて無理がある。
それなのに、ここまで一人で来てしまったらしいランティスは一歩も引く気がないようだ。
「どうして……」
メルシアが伸ばした手は、空を切る。
次の瞬間、部屋の中に入って来た五人の騎士に、ランティスは迷うことなく飛び込んだ。
その時、メルシアの目の前に、よく見知った姿が現れる。
豊かな黒髪、美しく赤い唇。そして、黒い瞳。
「マチルダ……」
治癒院の同僚マチルダが、メルシアの前に立った。