【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
ランティスは、明らかに限界を超えている。
それなのに、その美しい満月のような瞳は正面を見据えたまま、諦める様子がない。
その時、扉が吹き飛んで一人の黒髪の少年が部屋に入って来た。
「…………見つけた」
騎士服の上から、小さな体には少し長いローブを身にまとい入ってきたのはシンだった。
あっという間に、残りの騎士達が倒れこむ。
鮮やかな剣と黒い影のように降り注ぐ魔法。それは、アイリスと同じ系統の魔法だ。
「さっさと、逃げるぞ。……マチルダ姉さんも」
「――――私が逃げたら、子ども達が」
「それがやつらのやり方だ。俺たちと同じことを繰り返されるだけだろう?!」
シンは、マチルダを姉と呼んだ。
髪と瞳の色以外は、どこも似ていない二人。
もしかしたら、血は繋がっていないのかもしれない。
「それに……。騎士団が、もう突入してきている。今度こそ、証拠をつかむことが出来る。みんな、自由になることが出来るはずだ」
「――――え?」
茫然としたマチルダと、騒がしさを増す音。
遠くで、ディンやバーナー、カルロスの声が聞こえてくる。
「…………ランティス様? 騎士団の皆さんが助けに来てくれましたよ」
シンの黒い瞳が、ランティスとメルシアに向けられる。
だが、マチルダの魔力は、メルシアを連れてくるための転移魔法でもうない。
アイリスの魔力も、この場所の探索のため、クルルクにすべて分け与えてしまい、この場所に来ることすらできなかった。
メルシアは、光魔法を使うことが出来ない。
「――――治癒師を探し出してくるのは、時間が足りなそうだな」
「…………私」
「行こう……。あちらに、まだ戦力が必要そうだから」
マチルダの手を引いて、シンが部屋を去る。
水音だけが、妙に強く響く部屋の中には、メルシアとランティスだけが取り残された。