【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
メルシアに向けてほほ笑んでいるのは、騎士服に身を包んだランティスだ。
残念ながら、メルシアが好きだと言った黒い騎士服は、触れるだけで手が赤くなるほど汚れてしまっている。
「狼も悪くない。…………少なくとも、君の元にすぐ駆け付けられる」
「…………ランティス様」
もう一度、メルシアは呼吸を整えて魔法を使う。
『魔法の起源には、諸説ある。でも、太古にいたという、獣に姿を変える力を持っていた人間。その血が、私たちに魔法を与えたという説が有力だわ』
アイリスが言っていたその言葉が真実であれば、メルシアが注ぎ込んだ魔力は、ランティスの体をめぐって……。
パチッとしずかに、静電気が起こったような音がした。
メルシアは、そっとランティスの手に指を絡めてそのまま魔力を注ぎ続ける。
「――――私に、魔法を下さい。ランティス様」
「…………メルシアが望むのなら、なんだって」
ランティスの月のような瞳に、緑色のメルシアの瞳の色が映り込んでいる。
それはまるで、小さな水たまりに月と一緒に映った新緑の若葉みたいだ。
重ねられた唇、ランティスの傷が少しずつ塞がっていく。
思い起こせば、メルシアが光魔法を使うことが出来るようになったのは、ランティスに初めて出会ったあの日以降だった。
メルシアとランティスを包み込む光は、たぶん普通の光魔法ではない。
もっと、古来に人に与えられた魔法の力だ。
「メルシア嬢! フェイアード卿!」
遠くから二人を呼ぶざわめきが近づいてくる。
メルシアは、心地よい眠気に引き込まれていった。