【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
(揺れている。船に乗っているみたい……)
まだ、メルセンヌ伯爵領が平和だったころ、湖にいって小舟に乗った。
それは、父と母にわがままを言って、ようやく乗せてもらったひと夏の冒険の思い出だ。
「――――ふふ」
それに、温かい。
木漏れ日の中、舞い散った白い花が目に浮かぶようだ。
「…………ふ?」
メルシアが目を上げると、守りたいものを抱えて離さない、絶対零度の瞳をした手負いの狼がいた。
いや。人間の姿をしているから、狼とは言えないだろう。
以前なら、きっとその瞳を見れば嫌われているに違いないと思って悲しかったに違いない。
でも、メルシアにとってその瞳は、全てから守ってくれる信頼しかない。
「ランティス……様?」
敵を伺っている野生動物のようだったその瞳が、ゆっくりとメルシアのほうを見て、緑の瞳を映しこむ。
「メルシア……」
グッと抱きしめられた力は、ほんの少し骨が軋んだのではないかという程度に強い。
それでも、決して離さないとでもいうように、その額がメルシアの首筋に埋められる。