【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。

「うっ……。本当に来てもいいんですか?」
「ああ。……ラティも待っているから」
「迷惑じゃ、ないんですか?」
「俺が、会いたいんだ。メルシアに」

(それなら、どうして婚約破棄……)

 胸がドスンと、重くなる。
 それなのに、はっきりと答えを聞くのは怖くて、メルシアは言葉を継ぐことが、出来なかった。

 メルシアの表情の変化から、ランティスは、言いたいことを察したのだろう。ためらいがちに、言葉を紡ぐ。

「……メルシア。婚約破棄……しようと、言ったのは」
「ランティス様」
「……ああ、もうこんなに時間が経ったのか。……時間が、足りないな」
「どうしてですか?」

 ランティスは、基本的に無表情だ。
 遠目ではあっても、ずっと見ていたからメルシアはそのことを、知っていたはずだ。

 それなのに、今日のランティスは、なぜこんなにも表情豊かなのだろうか。

「……本当は、そばにいたかった」
「どうして」

 笑っているのに、どこか泣きそうで。
 まるで、泣きたいのを堪えている、我慢強い幼子みたいで。

 指先に、そっと口づけが落ちるのを、メルシアは呆然と見ているしかない。

「ごめん。時間がないから……」
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