【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
メルシアは父に詰め寄ってしまう。そんなことをしても、何かが解決するわけではないのに、そうせずにはいられなかった。
眉をひそめたメルシアの父は、黙って首を振る。
とたんに、メルシアの脳裏に、あの日の泣きそうなランティスの笑顔が鮮明に浮かんだ。
「…………私」
クルリと向きを変えて、メルシアは駆けだした。
「ちょっと、用事が出来たので、出かけてきます」
「メルシア?!」
マントを抱きかかえて、メルシアは、まだ人通りの少ないひんやりした空気の街を走り出した。
(明らかにおかしかった)
息が切れるのも構わずに、走り続けたメルシアは、気がつけばフェイアード侯爵家の門の前に立っていた。
(あ、私……)
息を整えているうちに、冷静になってきたメルシアは、ランティスのマントを強く抱きしめる。
こんな風に、押しかけられたって、困らせるだけだろう。
メルシアは、もう形だけの婚約者ですら、ないのだから。
(何をしに来たんだろう……)
ゆるゆると向きを変えて、門に背中を向けた時、ガチャリと重い扉が開く音がした。
次の瞬間、背中からまわされた温かい腕に、メルシアは抱きしめられていた。