【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。

「んっ…………。重いよ、ラティ」
「ワフ!」

 その瞬間、ランティスがメルシアの頬をぺろりと舐め上げた。
 そのまま、親愛の情を表すかの如く、続けて頬をぺろぺろ舐めてくる。

「きゃ! あはは! くすぐったいよ、ラティ」

 そして、分かってはいたのだ。
 分かっていたつもりだったのだ、メルシアは。

 ラティは、実はランティスなのだと。
 かわいいモフモフの、狼などではないのだと。

 それなのに、あまりにもラティの行動が、大きな犬のそれなので、メルシアはついつい忘れてしまった。ラティは、人間に戻れば、美貌の騎士様なのだと……。

「…………」
「…………」

 それが現在の事態を招いていた。

 王都で流行している小説。
 メルシアは、推しという存在を、その小説の中で知った。
 そして、これは同時に小説の中で語られている、最上級の謝罪の意を表す姿。

 ――――そう、土下座だ。

「あの、ランティス様、お顔を上げていただけませんか?」
「いや、申し訳なさ過ぎて、このまま腹を切って詫びたい。いや、詫びる!」
「ひぃっ! やめてっ、やめてください! ラティとつい戯れてしまった、私が悪いんです!」

(本当に、ラティとランティス様は同一人物、あるいは同一狼なのだろうか)

 メルシアの脳裏に、そんな思いがよぎる。
 だって、どう考えてもおかしいではないか。
 冷酷な騎士だという評価のほうが表に立つ、騎士ランティスが、あんな行動をするなんて、王都の住人の誰一人として想像できないに違いないのだから。
< 58 / 217 >

この作品をシェア

pagetop