アイはキューピッド ~マッチングアプリで幸せの再開~
アプローチ
【八月二十九日(月)】
今日はなぜか五時半に目が覚めた。あまりにスッキリ起きれたので、週末できなかった執筆をしたうえに、いつもより早めに家を出てみる。
「うん、悪くない気分だ」
その空気に違いを感じながら歩くのは少しだけ気持ちがいい。
電車を下りて改札へ向かいながらポケットから定期券を取り出すと、視界の端になにかを感じて視線を上げた。すると、混雑する駅構内の先にアプリで『いいね!』をくれた女の子が歩いていたのだ。
そう認識したときには人波に飲まれて見失ってしまい、追いかけるも発見できず俺は諦めて足を止めた。
もしかしたら出勤中に何度か目に入っていたのかもしれない。もちろん、ただ似ていただけという可能性も否めない。そのことを多少なりとも気にしつつ、午前の仕事を滞りなく済ませた昼休みのこと。
今度こそアイさんを食事に誘うメッセージを書こうとアプリを開くと、再び『サク』からメッセージ付き『いいね!』が届いていた。
『もう彼女はできたのですか?』
アイさんとまだ会ってはいない。真紀とは出会いではなく再会だ。そう冷静に分析していると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
「晴翔先輩、マッチングアプリをやっているんですね」
驚いて振り向くと、そこにいたのは進藤咲苗という一年後輩の女の子だった。
アプリをやっていることを恥ずかしく思い「見ていただけだ」と言い訳してしまう。そんな俺に彼女はすまし顔でこう言った。
「いまどきアプリなんて当り前ですよ。それで、いい出会いはあったんですか?」
こうグイグイとこられては答えないわけにもいかない空気になってしまった。
「まだ、出会ってないよ」
マッチングしたのかと聞かれたわけではないので、俺はこんなふうに答えてしまう。
「そうなんですかぁ。それなのにあたしとはマッチングしてくれないんですね」
こう言われてドギマギする俺だが、そんなそぶりを見せないよう冷静に返した。
「そんなアプローチなんてあったっけ?」
「鈍感なんですね。あたしの素晴らしいアプローチに気付いてないんですか?」
アプローチとはお菓子のお裾分けやプリンター用紙の補充の手伝い。合同会議のときの椅子並べなどのことだろうか?
「心当たりがあるようですね。今年の春の新人歓迎会でも飲み物の追加や酔った先輩の水の準備なんかもしていたんです。そんなあたしに先輩からアプローチをしてもいいんですよ」
たしかに気遣いある子だとは思っていたけど、ここにきて急に積極的になったのはなぜなのか?
「あの気遣いが俺に対しての好意だって受け止めるほど、俺は自惚れてないんだ。それに咲苗とそんなに話したことあったっけ?」
「酔ってるときは冗舌に話してましたよ。それに、咲苗って名前で呼んでるのに親しくないつもりなんですか?」
「それはみんなが呼んでるからいつのまにか……」
新人歓迎の飲み会の際にテンション上がって呼び始めたことを思い出し、そう言い訳した。
「いいですか? 男性は同時にいろんな人とやり取りして、その中から一番良い人を選ぶものです。就職活動と同じですね。チャンスとあらばバンバン掴んでいかないと!」
「じゃぁ女性の場合は?」
「女性は企業側です。優秀な人材で自社を一番だと言ってくれる人を雇います。だから遠慮せずにガッツいていいんです!」
突然向けられた好意に面食らってしまった俺は、動揺によってどう対応していいのかわからなかった。
咲苗も少々顔が赤らんでいたので、それなりに意を決していたのだろうが、俺も自分のことで精一杯。彼女の想いに対しては言葉を返すことはできず、ただただ会話するだけにとどまった。
「では、お昼ご飯を食べに行くので。この続きはまた今度にしましょう」
そう言って咲苗は走り去っていく。
以降の午後の仕事はさすがに咲苗のことが頭から離れない。仕事中も帰宅してからも頭に浮かび、彼女が言ったことを思い返してしまうのだ。
『男性は同時にいろんな人とやり取りして、その中から一番良い人を選ぶものです』
『チャンスがあればバンバン掴んでいかないと!』
アイさんも真紀のときに似たようなことを言ってたなと思い出し、アプリを立ち上げてサクという赤いメガネの子のプロフィールを読み返した。
「この子とは気が合いそうな気がする。アイさんや真紀がいなかったら絶対にスルーすることはないレベルだよな」
俺は咲苗の言葉をもう一度思い出し、サクという子とマッチングしてから逃げるように眠ったのだった。
今日はなぜか五時半に目が覚めた。あまりにスッキリ起きれたので、週末できなかった執筆をしたうえに、いつもより早めに家を出てみる。
「うん、悪くない気分だ」
その空気に違いを感じながら歩くのは少しだけ気持ちがいい。
電車を下りて改札へ向かいながらポケットから定期券を取り出すと、視界の端になにかを感じて視線を上げた。すると、混雑する駅構内の先にアプリで『いいね!』をくれた女の子が歩いていたのだ。
そう認識したときには人波に飲まれて見失ってしまい、追いかけるも発見できず俺は諦めて足を止めた。
もしかしたら出勤中に何度か目に入っていたのかもしれない。もちろん、ただ似ていただけという可能性も否めない。そのことを多少なりとも気にしつつ、午前の仕事を滞りなく済ませた昼休みのこと。
今度こそアイさんを食事に誘うメッセージを書こうとアプリを開くと、再び『サク』からメッセージ付き『いいね!』が届いていた。
『もう彼女はできたのですか?』
アイさんとまだ会ってはいない。真紀とは出会いではなく再会だ。そう冷静に分析していると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
「晴翔先輩、マッチングアプリをやっているんですね」
驚いて振り向くと、そこにいたのは進藤咲苗という一年後輩の女の子だった。
アプリをやっていることを恥ずかしく思い「見ていただけだ」と言い訳してしまう。そんな俺に彼女はすまし顔でこう言った。
「いまどきアプリなんて当り前ですよ。それで、いい出会いはあったんですか?」
こうグイグイとこられては答えないわけにもいかない空気になってしまった。
「まだ、出会ってないよ」
マッチングしたのかと聞かれたわけではないので、俺はこんなふうに答えてしまう。
「そうなんですかぁ。それなのにあたしとはマッチングしてくれないんですね」
こう言われてドギマギする俺だが、そんなそぶりを見せないよう冷静に返した。
「そんなアプローチなんてあったっけ?」
「鈍感なんですね。あたしの素晴らしいアプローチに気付いてないんですか?」
アプローチとはお菓子のお裾分けやプリンター用紙の補充の手伝い。合同会議のときの椅子並べなどのことだろうか?
「心当たりがあるようですね。今年の春の新人歓迎会でも飲み物の追加や酔った先輩の水の準備なんかもしていたんです。そんなあたしに先輩からアプローチをしてもいいんですよ」
たしかに気遣いある子だとは思っていたけど、ここにきて急に積極的になったのはなぜなのか?
「あの気遣いが俺に対しての好意だって受け止めるほど、俺は自惚れてないんだ。それに咲苗とそんなに話したことあったっけ?」
「酔ってるときは冗舌に話してましたよ。それに、咲苗って名前で呼んでるのに親しくないつもりなんですか?」
「それはみんなが呼んでるからいつのまにか……」
新人歓迎の飲み会の際にテンション上がって呼び始めたことを思い出し、そう言い訳した。
「いいですか? 男性は同時にいろんな人とやり取りして、その中から一番良い人を選ぶものです。就職活動と同じですね。チャンスとあらばバンバン掴んでいかないと!」
「じゃぁ女性の場合は?」
「女性は企業側です。優秀な人材で自社を一番だと言ってくれる人を雇います。だから遠慮せずにガッツいていいんです!」
突然向けられた好意に面食らってしまった俺は、動揺によってどう対応していいのかわからなかった。
咲苗も少々顔が赤らんでいたので、それなりに意を決していたのだろうが、俺も自分のことで精一杯。彼女の想いに対しては言葉を返すことはできず、ただただ会話するだけにとどまった。
「では、お昼ご飯を食べに行くので。この続きはまた今度にしましょう」
そう言って咲苗は走り去っていく。
以降の午後の仕事はさすがに咲苗のことが頭から離れない。仕事中も帰宅してからも頭に浮かび、彼女が言ったことを思い返してしまうのだ。
『男性は同時にいろんな人とやり取りして、その中から一番良い人を選ぶものです』
『チャンスがあればバンバン掴んでいかないと!』
アイさんも真紀のときに似たようなことを言ってたなと思い出し、アプリを立ち上げてサクという赤いメガネの子のプロフィールを読み返した。
「この子とは気が合いそうな気がする。アイさんや真紀がいなかったら絶対にスルーすることはないレベルだよな」
俺は咲苗の言葉をもう一度思い出し、サクという子とマッチングしてから逃げるように眠ったのだった。