アイはキューピッド ~マッチングアプリで幸せの再開~
咲苗のお誘い
【八月三十一日(水)】
「ハルさん、おはようございます」
駅の改札を出たところで挨拶してきたのは、髪を下ろして赤い縁のメガネを掛けた咲苗だ。
「その呼び方はやめてくれぇぇぇ!」
「冗談ですよ」
咲苗は上機嫌に笑って返した。
「そのためにわざわざコスプレみたいな恰好で来たのか?」
咲苗がアプリに掲載している写真と同じ姿なので、顔には出していないつもりなのだけど、恥ずかしさを感じていた。
「コスプレじゃありません。あたし、出社時はいつもメガネなんです」
「だからかぁ。サクさんの写真を見て、見覚えがあるって思ったのは」
通勤中に見かけたのは、やはりサクこと咲苗だったようだ。
「見たことあったんですか?」
「見たっていうより、目に入っていて頭のどこかに残っていたみたい」
「う~ん、あたしって印象薄かったんだなぁ」
俺の記憶に残っていたのに印象が薄かったとはどういう意味なのか? 彼女は不満そうにそう言った。
「薄くないだろ? 社内では目立ってると思うよ。明るくて元気いっぱいで人当たりもいいし、可愛らしくて……」
「可愛らしくて?」
言葉を切った俺の視線に気づいた彼女は、不満そうにしていた表情を変え、にんまりと笑った。
「スタイルも抜群ってことですね!」
「そうは言ってない! けど、違うとも言わない」
「ハッキリ言わないけど嘘は言えない人ですね」
「社内でセクハラと思われたら大変だから」
「好意を持っている相手ですよ。嫌悪なんてありません」
ガンガンストレートを投げ込んでくる咲苗の言葉に、俺は動揺を隠せども翻弄されてしまう。
「そうそう、今週末なんですけど、あたし予定を空けてるんです。先輩の予定はどうですか?」
脈絡が無く、突然切り替わった話に思考の切り替えが追いつかない。
俺の心は傷つくことを恐れるあまりに常に防護幕が張られている。その防御力は高くなく先が透けるほど薄い。そんな防護幕の向こう側から届く言葉は、俺があまり経験したことのない誘いなのだと伝わってきた。
「つまり、今週末のお誘いなんですけど、社内だとセクハラですか?」
「そんなことないよ。えーと今週末は…………予定が入る予定なんだ」
そう、今週末はアイさんが出張から帰ってくる予定なのだ。そのために空けておきたい。
「予定が入る予定……。そっちが最優先ということですね」
低い声で復唱して言う咲苗の表情は怪訝みを帯びている。そんな彼女へのフォローとして、別の日を提案してみた。
「今日以外なら空いてるけど、咲苗は?」
「あたしはいつでも。ってことで明日と明後日は空けといてください!」
そう言って会社の入ったテナントビルに走っていく。その顔は少しだけ頬が赤かったような気がするのは思い過ごしだろうか。
咲苗とまともに話したのは、真紀と買い物したときに出くわした昨日が初めてのこと。それなのに、たいした違和感もなく話せるのは、会社の飲み会でほろ酔いながらも話した経験と彼女のキャラクターゆえだろう。
先に会社に到着した咲苗は髪をまとめ、メガネを外して席に座っていた。
「デートってことだよなぁ?」
級友だった真紀の誘いとは違う。付き合っていた彼女と出掛けるのとも違う。
咲苗の誘いは二十三年間で経験したことのない、多種多様な感覚となって俺に襲い掛かってきた。それはもちろん良い意味で。だけど、飛び上がりたいほど大きな喜びの足を引っ張るのは「調子に乗るな!」という俺の理性。過去の失敗が俺の感情の幅と行動を抑制している。
「ハルさん、おはようございます」
駅の改札を出たところで挨拶してきたのは、髪を下ろして赤い縁のメガネを掛けた咲苗だ。
「その呼び方はやめてくれぇぇぇ!」
「冗談ですよ」
咲苗は上機嫌に笑って返した。
「そのためにわざわざコスプレみたいな恰好で来たのか?」
咲苗がアプリに掲載している写真と同じ姿なので、顔には出していないつもりなのだけど、恥ずかしさを感じていた。
「コスプレじゃありません。あたし、出社時はいつもメガネなんです」
「だからかぁ。サクさんの写真を見て、見覚えがあるって思ったのは」
通勤中に見かけたのは、やはりサクこと咲苗だったようだ。
「見たことあったんですか?」
「見たっていうより、目に入っていて頭のどこかに残っていたみたい」
「う~ん、あたしって印象薄かったんだなぁ」
俺の記憶に残っていたのに印象が薄かったとはどういう意味なのか? 彼女は不満そうにそう言った。
「薄くないだろ? 社内では目立ってると思うよ。明るくて元気いっぱいで人当たりもいいし、可愛らしくて……」
「可愛らしくて?」
言葉を切った俺の視線に気づいた彼女は、不満そうにしていた表情を変え、にんまりと笑った。
「スタイルも抜群ってことですね!」
「そうは言ってない! けど、違うとも言わない」
「ハッキリ言わないけど嘘は言えない人ですね」
「社内でセクハラと思われたら大変だから」
「好意を持っている相手ですよ。嫌悪なんてありません」
ガンガンストレートを投げ込んでくる咲苗の言葉に、俺は動揺を隠せども翻弄されてしまう。
「そうそう、今週末なんですけど、あたし予定を空けてるんです。先輩の予定はどうですか?」
脈絡が無く、突然切り替わった話に思考の切り替えが追いつかない。
俺の心は傷つくことを恐れるあまりに常に防護幕が張られている。その防御力は高くなく先が透けるほど薄い。そんな防護幕の向こう側から届く言葉は、俺があまり経験したことのない誘いなのだと伝わってきた。
「つまり、今週末のお誘いなんですけど、社内だとセクハラですか?」
「そんなことないよ。えーと今週末は…………予定が入る予定なんだ」
そう、今週末はアイさんが出張から帰ってくる予定なのだ。そのために空けておきたい。
「予定が入る予定……。そっちが最優先ということですね」
低い声で復唱して言う咲苗の表情は怪訝みを帯びている。そんな彼女へのフォローとして、別の日を提案してみた。
「今日以外なら空いてるけど、咲苗は?」
「あたしはいつでも。ってことで明日と明後日は空けといてください!」
そう言って会社の入ったテナントビルに走っていく。その顔は少しだけ頬が赤かったような気がするのは思い過ごしだろうか。
咲苗とまともに話したのは、真紀と買い物したときに出くわした昨日が初めてのこと。それなのに、たいした違和感もなく話せるのは、会社の飲み会でほろ酔いながらも話した経験と彼女のキャラクターゆえだろう。
先に会社に到着した咲苗は髪をまとめ、メガネを外して席に座っていた。
「デートってことだよなぁ?」
級友だった真紀の誘いとは違う。付き合っていた彼女と出掛けるのとも違う。
咲苗の誘いは二十三年間で経験したことのない、多種多様な感覚となって俺に襲い掛かってきた。それはもちろん良い意味で。だけど、飛び上がりたいほど大きな喜びの足を引っ張るのは「調子に乗るな!」という俺の理性。過去の失敗が俺の感情の幅と行動を抑制している。