臆病な片思い


休みたかったけど、気まずくなる気がして、会社に行った。
黒いパンツスーツに、髪は後ろできっちり一本に結んで武装する。

大丈夫。いつもと変わらない。
彼と顔を合わせても何も変わらない。私は優秀な秘書。
昨夜は何もなかった。それでいい。

「おはよう」

給湯室でコーヒーの準備をしていたら、いきなり後ろから声をかけられる。
振り向くと、ネイビーのスリーピーススーツ姿の彼がいた。

「えっ……あっ、氷室……社長」

不意をつかれた彼の登場にこれ以上ない程体が熱くなって、動悸が激しくなる。こら動揺するな。こんなの何て事ないんだから。

「何も言わずに帰るなんて、つれないじゃないか」

目を細めて彼が私を見つめる。
普段とは違う甘い表情にドキンっと胸が高鳴る。

「あ、あの、よくお休みになっていたので」

本当は顔を合わせるのが気まずくて彼の部屋から逃げ出した。

「昨夜の事はどこまで覚えている?」

彼の視線が私の唇で止まる。
そうだ。私、彼と……キスしたんだ。しかも、彼からじゃなくて私から。

ベッドに誘ったのも私からだった……!

「何も、何も覚えておりません。失礼があったら謝ります。申し訳ございません」

恥ずかしくて彼の顔を見ていられなかった。
必死に頭を下げる。
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