臆病な片思い


「3時から会議が入っています。その後はヒュ-ネ-チャ-の新井氏とお約束が入っています」

いつものように彼の一日の予定を口にする。
だけど、気まずくて今日は彼の顔を見る事ができず、手元のタブレットばかり見てしまう。

「それから、先程、吉野ありさ様からお電話が入りました。社長にお会いしたいそうです」

吉野ありさとは、社長がついこの間まで付き合っていた女優だった。
週刊誌や何やらに載って騒がれた事もある程だ。

彼女の名前に彼が眉間に皺を作り表情を険しくさせる。何かあったんだろうか?

もしかして私が代理を頼まれたパーティーをすっぽかしたのは彼女だった?

「……そうか」

椅子に座ったままの彼が一言だけ呟く。

「私はこれで失礼します」

会釈をし、後ろを向いて戸口に向かう。

「俺は軽い男か?」

社長室から出て行こうとすると、そんな言葉が背中にかかる。

「えっ」

振り返ると、立ち上がった彼と視線が合う。

「俺だって一人の女性だけを愛する事ができる」

いつになく真剣味のある言葉にドキリとした。

「ずっと、好きな女性がいる」

彼が私の目の前で立ち止まる。

切なそうに細めた黒い瞳が私を見つめる。それから、彼の手が伸びてきて……。
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