臆病な片思い
「おはよう。浅川(あさかわ)

午前9時、彼がいつものように、出社する。
ハイブランドの物だと思われるグレーのスリーピースス-ツに身を包み、上品なコロンを漂わせている。

氷室(ひむろ)社長、おはようございます」
29で社長職に就いた彼は、私と、1歳しか年齢は変わらない。
秘書課では私が一番、社長と年が近い。

彼の秘書になって一年がすぎる。
彼の右腕として、かかせないと自分でも自負する。
どんな要求にも応え、喜んで手足となった。

「社長、コ-ヒ-が入りました」

報告書と一緒にコ-ヒ-を持っていく。

「ふぁっ、ありがとう」

デスクの前に座っていた彼が眠そうなあくび一つを浮かべ、コ-ヒ-を口にする。

「また、夜遊びですか?」

嫌味をこめて口にする。

社長の夜遊びは有名だった。
全く、この人は自分が社長という立場だってわかっているんだろうか。
そんな調子では社長の失脚を待っている重役たちにいつ蹴落とされるか、秘書として、気が気ではない。

「昨夜の彼女が中々寝かせてくれなくてね」

恥ずかしげもなくさらりとそんな事を口にする。

「社長、いつまでもそんな調子ですと、足元を掬われます!」

目鏡のフレームを抑えながら、あえて彼に厳しい表情を向ける。
彼にお説教するのも秘書としての務めだ。
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