聖なる祈り
リテイク
突然腕を引かれ、体がよろめいた。
「叶多っ! ここから離れよう!」
「……星伽?」
夜のコンビニ帰り。片側二車線の道路で信号待ちをしていた時の事だ。急に彼女が僕の手を思い切り引いた。
僕の手首を掴む両手と、彼女の必死な形相を見て、理由も聞かずに頷いた。僅かに狼狽えたものの、信頼する彼女を拒む事などあり得なかった。
星伽に手を引かれるままに歩き、ひとつ先の信号機が視界に入った。
その瞬間。
何かの衝突音が耳をつんざいた。背後からだと察し、星伽と共に振り返る。
一台のトラックが電柱に突っ込み、白い煙を上げていた。その様子を見て、サァッと血の気が引いた。さっきまで僕たちが立っていた場所だからだ。
「……危なかったね」
彼女が僕を見て、涙に濡れた瞳を細めた。
「星伽……、今のは。いったい?」
何がなんだが分からずに、僕は彼女を見て眉根を寄せた。唇が震える。
「たまたま、運が良かったの。叶多は助かったんだよ……っ」
語尾を震わせ、彼女が抱きついた。僕の背中に両手を回し、「良かった」と繰り返しながら泣きじゃくる。
運が良かった、本当にそれだけなんだろうか?
疑問は残るものの、僕は大きく息を吐き出し、彼女を抱きしめた。小さな背をさすり、「怖かったね」と言葉を掛けた。
あとから知った事だが、軽トラックの運転手は、運転中に心臓麻痺を起こして既に亡くなっていたらしい。