硝煙の恋/悶ずる少年の死夏ー歪んだ憧憬模様ー
申し出
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結局麻衣は、中野好美の依頼ごとを受け、大打グループのマキオと呼ばれる若い男と話をつけ解決させた。そして、その日のうちに好美に連絡を取ると、好美は当事者であるU子を連れて、同日夕刻、ヒールズにやってきた。
「ああ…、今、お客さんの”横”着いてるんで、しばらくカウンターで待っててもらえる?時間、大丈夫かな…」
「ええ、こっちは大丈夫です。早めに来ちゃったので、お仕事の邪魔してすいません」
「はは、こっちも早い方がいいしね。まあ、冷たいもんでも飲んでゆっくりしてて。後ほどね…」
麻衣はそう言いながら、カウンターに掛けている二人の前にコーラを注いだグラスを置くと、ニッコリと笑顔を浮かべながら二人連れの客が待つ奥へと小走って行った。
...
およそ15分ほどすると、客とカラオケでデュエット1曲を終えた麻衣はカウンター内に入り、二人を正面にした。
「…お待たせ。…ええと、今日”そいつ”と会って話した結果はごくシンプルだったよ。あらぬ言いがかりだとをすべて認めたんで、謝罪させた。あんたにはもう二度と近づかないと誓ったわ」
この一言を聞いた二人は同時に肩で息をして、まずは文字通りホッと一安心したというリアクションだった。麻衣はその反応を確かめた上で、一呼吸おいて続けた。
「…その上で、今回は上の人間からの指示はなく、そいつの一存での行動だそうだ。ああ、これはあくまでそいつの言ってることだけどね。まあ、念のため、誓約書には自分だけでなくグループ内の人間にも一切接触をさせない旨の文言を入れといたからさ。万一、誰かから何だかんだってことになったら、私に言ってくれればいい。じゃあ、これ、目を通してみて」
麻衣はひと通りの報告をした後、U子と好美の真ん中にその書面を置いた。二人はまるでその紙に吸い寄せられるかのように、お互いのアタマがくっつく格好で誓約書に視線を落とした。
...
二人は一読後、再度顔を見合わせて小さくうなずき合った。そして、口を開いたのはU子の方だった。
「本郷さん、こんな書面まで取ってもらって、なんてお礼を言っていいのか…。本当にありがとうございました‼あのう…、これ、少ないですけど、今回の…」
U子は丁重にお礼の言葉を述べながら深く頭を下げた後、謝礼の入った封筒を麻衣に差し出した。
「悪いね。じゃあ、今回は気持ちとしていただくよ」
「いやあ、本郷さんは噂にたがわず凄い人だわ!U子も私も、まさかこんなに早々と解決してくれるなんてって、驚いてますよ。でもU子はさ、最初から本郷さんだったら助けてくれるかもって言ってたけどね、はは…」
「ええ。…私はオープンの日、”ああいう現場”をバイト店員の立場でお見かけしてたから、あの時の人なら力になってくれるかもって思ってはいたんです。だけど、どうやったらその人に会えるのか私には分からなかったんで、中野先輩の弟君がその人、この店で若いママさんやってる人らしいって教えてくれたおかげで…。先輩、静人君にもお礼言ってくださいね」
「うん。ふふっ…、でも、うちの弟なんかは、”だから俺の言ってた通りだっただろ。あの子は凄いんだ!”とかって、なんか自慢してるのよ(笑)」
「確か彼…、本郷さんとは何かの出来事で偶然居合わせていたとかって、それで凄い人だって言ってたんですよね?」
「まあ、そんなところなんだろうけど、詳しい話になると口ごもっちゃって…。私の弟のこと、本郷さんも記憶にないそうでしたしね。まあ、大した接点じゃなかっただろうけどね(苦笑)」
静人とのその時のことは、はっきり言って警察沙汰の事件だった。無論、コトを仕掛けたのは麻衣の方で、この好美の弟は厳密には巻き込まれた、利用されたという形になる。彼女の弟からしたら、身内にはやはり事細かには告げられないことだったのだろう…。
麻衣は心の中でそう呟き、それでも、あえて答えることにした。
...
「あの後、思い出したんだよね、弟君のこと。”そん時”、彼には迷惑をかけたわ。でも、本人が詳しいことを語っていないなら、私もこれ以上は話せないわね」
麻衣のこの微妙な言い回しに、静人の姉である好美は深意を量りかねたが、「そうですか…」と一旦受け流した後、少し間をおいてから改まった口調で麻衣に投げかけた。
「もしよろしかったら、静人と会ってやってくれませんか?あの子、この春に高校中退してまるで抜け殻みたいで悶々としていたんですけど、本郷さんの話になると目が輝くんです。きっと、尊敬してるんだと思います、静人は。最近になって夜間の高校に通うことも口にしたりして。まあ、些細なことであっても、あなたと偶然出会ったことで、ちょっと変わったみたいなんです。なので、どうでしょうか…」
この時の好美は今までとは明らかに違った表情を浮かべていた。兄弟を気遣う、いたたまれなさが麻衣にはダイレクトに伝わってはきたが…。麻衣はしばらく黙って静人の姉に視線を向けていた。
結局麻衣は、中野好美の依頼ごとを受け、大打グループのマキオと呼ばれる若い男と話をつけ解決させた。そして、その日のうちに好美に連絡を取ると、好美は当事者であるU子を連れて、同日夕刻、ヒールズにやってきた。
「ああ…、今、お客さんの”横”着いてるんで、しばらくカウンターで待っててもらえる?時間、大丈夫かな…」
「ええ、こっちは大丈夫です。早めに来ちゃったので、お仕事の邪魔してすいません」
「はは、こっちも早い方がいいしね。まあ、冷たいもんでも飲んでゆっくりしてて。後ほどね…」
麻衣はそう言いながら、カウンターに掛けている二人の前にコーラを注いだグラスを置くと、ニッコリと笑顔を浮かべながら二人連れの客が待つ奥へと小走って行った。
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およそ15分ほどすると、客とカラオケでデュエット1曲を終えた麻衣はカウンター内に入り、二人を正面にした。
「…お待たせ。…ええと、今日”そいつ”と会って話した結果はごくシンプルだったよ。あらぬ言いがかりだとをすべて認めたんで、謝罪させた。あんたにはもう二度と近づかないと誓ったわ」
この一言を聞いた二人は同時に肩で息をして、まずは文字通りホッと一安心したというリアクションだった。麻衣はその反応を確かめた上で、一呼吸おいて続けた。
「…その上で、今回は上の人間からの指示はなく、そいつの一存での行動だそうだ。ああ、これはあくまでそいつの言ってることだけどね。まあ、念のため、誓約書には自分だけでなくグループ内の人間にも一切接触をさせない旨の文言を入れといたからさ。万一、誰かから何だかんだってことになったら、私に言ってくれればいい。じゃあ、これ、目を通してみて」
麻衣はひと通りの報告をした後、U子と好美の真ん中にその書面を置いた。二人はまるでその紙に吸い寄せられるかのように、お互いのアタマがくっつく格好で誓約書に視線を落とした。
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二人は一読後、再度顔を見合わせて小さくうなずき合った。そして、口を開いたのはU子の方だった。
「本郷さん、こんな書面まで取ってもらって、なんてお礼を言っていいのか…。本当にありがとうございました‼あのう…、これ、少ないですけど、今回の…」
U子は丁重にお礼の言葉を述べながら深く頭を下げた後、謝礼の入った封筒を麻衣に差し出した。
「悪いね。じゃあ、今回は気持ちとしていただくよ」
「いやあ、本郷さんは噂にたがわず凄い人だわ!U子も私も、まさかこんなに早々と解決してくれるなんてって、驚いてますよ。でもU子はさ、最初から本郷さんだったら助けてくれるかもって言ってたけどね、はは…」
「ええ。…私はオープンの日、”ああいう現場”をバイト店員の立場でお見かけしてたから、あの時の人なら力になってくれるかもって思ってはいたんです。だけど、どうやったらその人に会えるのか私には分からなかったんで、中野先輩の弟君がその人、この店で若いママさんやってる人らしいって教えてくれたおかげで…。先輩、静人君にもお礼言ってくださいね」
「うん。ふふっ…、でも、うちの弟なんかは、”だから俺の言ってた通りだっただろ。あの子は凄いんだ!”とかって、なんか自慢してるのよ(笑)」
「確か彼…、本郷さんとは何かの出来事で偶然居合わせていたとかって、それで凄い人だって言ってたんですよね?」
「まあ、そんなところなんだろうけど、詳しい話になると口ごもっちゃって…。私の弟のこと、本郷さんも記憶にないそうでしたしね。まあ、大した接点じゃなかっただろうけどね(苦笑)」
静人とのその時のことは、はっきり言って警察沙汰の事件だった。無論、コトを仕掛けたのは麻衣の方で、この好美の弟は厳密には巻き込まれた、利用されたという形になる。彼女の弟からしたら、身内にはやはり事細かには告げられないことだったのだろう…。
麻衣は心の中でそう呟き、それでも、あえて答えることにした。
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「あの後、思い出したんだよね、弟君のこと。”そん時”、彼には迷惑をかけたわ。でも、本人が詳しいことを語っていないなら、私もこれ以上は話せないわね」
麻衣のこの微妙な言い回しに、静人の姉である好美は深意を量りかねたが、「そうですか…」と一旦受け流した後、少し間をおいてから改まった口調で麻衣に投げかけた。
「もしよろしかったら、静人と会ってやってくれませんか?あの子、この春に高校中退してまるで抜け殻みたいで悶々としていたんですけど、本郷さんの話になると目が輝くんです。きっと、尊敬してるんだと思います、静人は。最近になって夜間の高校に通うことも口にしたりして。まあ、些細なことであっても、あなたと偶然出会ったことで、ちょっと変わったみたいなんです。なので、どうでしょうか…」
この時の好美は今までとは明らかに違った表情を浮かべていた。兄弟を気遣う、いたたまれなさが麻衣にはダイレクトに伝わってはきたが…。麻衣はしばらく黙って静人の姉に視線を向けていた。