硝煙の恋/悶ずる少年の死夏ー歪んだ憧憬模様ー

約束

約束


麻衣は夏休み最後の日、あのファミレスでの”出来事”を思い出していた…。

あの3人組はその日、麻衣を高級ラブホテル、リッチネルでヤレると思い込んでいたのだ。無論、静人も…。その場の麻衣は3人に、心中でこう吐き捨てていた。”フン、おめでたい連中だわ!”

実際その後の展開は、3人の思惑とはあまりにも乖離した、ある種の修羅場となった。リーダー格のイノシシ男は麻衣とファミレス店内で乱闘となり、警察に連行され、他の二人はただ立ちすくんでその場を傍観するしかなかった。だが、その二人のうち、静人の麻衣を見る目は違っていた…。麻衣はそのことをはっきりと覚えていたのだ。

...

「よし!あなたの弟とは一度会うわ。これも何かの縁だと思うし。”その時”のこと、私なりに説明するよ」

「本当ですか!ひとつよろしくお願いします。なんか、ついでみたいに変なことまで頼んじゃって申し訳ないんですけど…」

「ハハハ…、まあ、知っての通り私はやくざもんと結婚する身だし、所詮彼とは住む世界が違うからね。会っても、”その時”のことを清算しておしまいだよ。それでいいならってことになるけど」

「ええ、弟にはちゃんと言っておきます。それで構いませんので、どうかお願いしますよ、本郷さん…」

「なら、今電話するか。彼は家にいるのかな?」

「はい!いると思います」

「よかったじゃない、先輩!静人君もきっと元気になるよ」

U子は今回の件で静人には感謝していることもあって、麻衣の対応に喜びを露わにしていた。

「じゃあ、こっちでお願い。途中で代わるからさ」

麻衣はカウンターの隅にある電話の前で好美に向かって手招きをしている。

...


「…それじゃあ今、本郷さんに代わるから…」

「もしもし…。いつぞやはどうも。あのさ、お姉さんからの一件は解決したし、そっちとは一回会うか?”あの時”のこととか、いろいろ噂で聞いてるだろうけど、アンタにはきちっと説明したいこともあるんで。(中略)…じゃあ、展望公園でね…。なら、お姉さんに代わるわ」

麻衣はその場で静人と”約束”を交わした。2日後の日中、展望公園で現地待ち合わせということで…。

「…本郷さん、今日はお仕事中に押しかけて、申し訳ありませんでした。今回はありがとうございました。助かりました…」

U子は帰り際も麻衣に向かって深々と頭を下げ、再度お礼を繰り返していた。

「私の方は、弟のことまでずうずうしく頼んじゃって、すみません…」

隣の好美もすっかり恐縮して、麻衣に向かって深々とお辞儀をしていた。

「はは、そんな大したことしてないって。ああ、遅くなっちゃったからさ、気を付けて帰ってね」

午後10時過ぎ、好美とU子はヒールズを後にした。


...


静人は単純に喜んでいた。”また会えるんだ、あの人と…。そして二人だけで話ができる…!”

受話器を置いた後も、麻衣と今、電話でやり取りしていた間の胸の鼓動がなかなか収まらなかった。

もちろん、静人も麻衣が相和会幹部と婚約したことはとっくに承知していたし、あさって会ったからって、その先は”ない”ということの自覚もある。それでもときめいていた。もはや静人にとって、彼女はテレビで活躍する憧れのアイドル歌手のような存在に至っていたのかもしれない。

思えば、”あの”8月31日以降…、静人の心と頭両方に本郷麻衣が住み着いていたのだ。それは、様々な意味で…。


...


”あの日”から半月後、イノシシの先輩から連絡があり、静人はルーカスに呼ばれた。そこにはあの場に居合わせた、もう一人のチビ先輩の他、体の大きいガラの悪そうな男も一緒だった。静人は3人の座るソファーに腰を下ろす前に、その男にちょこんと頭を下げた。

「ああ、武次郎さん、コイツが話していたもう一人です」

「…」

イノシシから武次郎と呼ばれたその男は、まるで品定めをすように静人をつま先から頭のてっぺんまで、無言で両目を数度往復させた。

「静人、こちらはこの界隈をこれから仕切っていかれる新勢力の方だ。挨拶しな」

「…はあ。あのう、初めまして。自分は中野です」

「ああ、俺は大打ってもんだ」

武次郎は不愛想に名乗った後も、ソファーにふんぞり返った態勢のまま、今度は静人の目をじっと見つめていた。

”なんなんだろう、この人…。もう、こんなタチの悪い連中、いい加減、勘弁してもらいたいよ…”

静人はそう、心の中で悲痛に叫んでいた。

今年の春、高校2年に上がった直後、高校を中退した静人は、すでに1年の時からいわゆるいじめに近い境遇がずっと続き、学校は休みがちだった。進級によるクラス替えで心機一転という淡い期待に賭けたが、周りからは以前にも増して無視されつづけ、まともに話のできる友達はもはや皆無に近かった。

5月…、静人は学校をやめた。そして、気が付くと”この二人”がいた…。





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