先輩が愛してくれた本当のわたし
事務処理とプールの先生を代わることは、今のリカの体調にとっては願ったり叶ったりだ。
プールに入らなくて済むしイライラとした気持ちで子供たちに接することもなくなる。
リカはパソコンの前に座って生理痛が治まるのをじっと待った。
誰もいない事務室に一人きり。
サボっていてもわからない状況だが、そういうわけにもいかない。
責任感はある。
航太のやりかけの事務処理はなんだろうかとパソコンと手元の資料を確認するが、すべて終わっている状態だった。
「……どういうこと?」
航太はパソコンの何がわからなかったのだろうか。
念のため受付に顔を出して事務処理がないか聞いてみるが、特に今はないし、航太から指示されたこともないようだった。
プールサイドを見れば、素早く着替えた航太が準備を進めている。
子供たちもちらほらと集まり始めていた。
リカは小走りで航太の元に行く。
「小野先輩、事務処理なんですけど何をしたらいいんですか?」
「んー? パソコンの前に座ってたらいいよ」
「いや、でも……」
「そんな顔で子供の前に出たら子供たちが心配する。ちゃんと休んどけって」
と背中をトンと押される。
そんなに酷い顔をしていただろうか。いや、さっきトイレの鏡で見たときは酷いものだった。だけどそんな気遣いを航太がするなんて――。
「あれー? 今日は森下先生じゃないのー?」
リカの担当する生徒が水着ではないTシャツとハーフパンツを着ているリカを見て首を傾げる。
「あっ、うん。ごめんね、今日は小野先生だよ」
「ちなちゃん、今日は小野先生とお顔付けがんばろーな」
ちなの目線まで腰を落として、航太はニカッと笑う。
ちなは一瞬不安そうにしたものの、すぐに笑顔になった。
初めて触れ合う生徒のはずなのに、航太はもう慣れ親しんで子供たちを虜にしていく。
そのどれもが楽しそうな笑顔だ。
航太が子供たちに向けてこんな笑い方をするなんて知らなかった。
いや、知っていたはずだったけれど、いつもは自分のことで精一杯であまりまわりを見渡す余裕がなかったのかもしれない。
なんだか入社したての頃を思い出す。
航太がリカの教育係で、笑顔を絶やさず楽しく仕事をしようと教わったのだった。
航太はずっと変わらない。
いつも楽しそうに仕事をする。
リカはその場を航太に任せて事務室に戻った。