先輩が愛してくれた本当のわたし
薬のせいか、はたまたプールに入らなくてよくなって肩の荷が下りたためなのか、痛みはもうすっかりと消えていた。
事務処理がないのに椅子にボーっと座っているのもなんだか憚られて、リカは掃除や備品の点検を始める。

ゆったりとした時間が流れた。
プールの方からは子供たちの楽しそうな声や、航太たち指導者の張り上げる声が微かに聞こえてくる。

そういえば、とリカは思い出した。

(小野先輩って早番だったんじゃ……)

勤務シフト表を確認してみれば、やはり航太は早番で、とっくに終業時刻を超えている。
代わってくれと言い出したのは航太だけれど、リカは妙な罪悪感に苛まれた。

(もしかして体調不良を察して代わってくれたの?)

思い起こせば、「そんな顔で子供の前に出るな」「休んでおけ」と言われた。
それはリカを責めるような口調ではなく、気遣うような口調だった。
普段のおちゃらけた航太からは考えられない言葉だ。

……というのはリカの航太に対するイメージなのだが。

(小野先輩ってこんな人だったっけ?)

はて、と思い起こすも、やはり軽口を叩いてケラケラ笑っている航太しか思い浮かばない。
先日だって、バレンタインのチョコを生徒からもらうもらわないの話で、航太はひとつももらえず「先輩かわいそうですね、もらえないなんて」といじったら泣きそうな顔をして「だったら俺にくれよ~」と嘆いていた。
「嫌です」と答えれば、年甲斐もなくプンスカ怒っていた(もちろん冗談で)。

「……変な人」

リカはくすりと笑う。

プールサイドでは相変わらず航太が弾けるような笑顔で子供たちと触れ合っていた。
< 11 / 69 >

この作品をシェア

pagetop