先輩が愛してくれた本当のわたし
ほろ酔いで気分も良くなってきた頃、食器の割れる音と男性の怒鳴り声でリカと航太は顔を見合わせる。

「変なヤツってどこにでもいるんだな」

「文句言って楽しいんですかね?」

「そういう性癖なんじゃね?」

「うっとおしいですね」

せっかく楽しく食事をしていたのに、揉め事の声が耳に届いて耳障りこの上ない。
リカがグラスを空けたのを確認してから、航太は「そろそろ出るか」と促した。

出入口に設置してある会計カウンターで支払をすると、店員が「お騒がせして申し訳ありません」と頭を下げた。
すぐそこでは酔っ払った男性がまだぶつぶつ文句を言っており、店長らしき男性にたしなめられている。

「いえ、災難ですね」

同じ接客業として気持ちは痛いほどわかる。
この店も災難だと思ったが、一日で二度もこんな光景に遭遇する自分も相当災難だなとリカは思った。

「先輩、お金」

「もう、払い終わったからいいよ」

「いえ、元々は私が奢るって言ったんですから」

「飲みに行こうって路線変更したのは俺だから、俺でいいじゃん。リカちゃん、ほんと真面目」

「いや、だって元はといえば私が――」

「あれぇ?リカじゃん、また会ったな」

ぞわっと背中に冷たい汗が流れる。
低く掠れた声に煙草の臭い。
恐る恐る振り向けば、先ほどから店に文句をつけていた男性、――淳志がニヤニヤとリカを見ていた。

「今日はよく会うなあ。俺に会いに来たのか?」

「……何か用ですか?」

「また、シてやろうか?」

何年前のことを蒸し返すのだろう。
あんなことはなかったことにしたいのに、執着するにも程がある。淳志のなかでは脅しに使えると目論んでの発言に違いない。彼には節操がないのだ。
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