先輩が愛してくれた本当のわたし


広い空間に響き渡る水の音と人の声、揺れる水面。
煌々と灯る照明を反射した水はキラキラと輝いて、まるで水の中に星があるような光景が航太は好きだった。

夜の温水プールはどこか寂しげで、けれどプールの片隅でアクアビクスのレッスンの声が聞こえたり、歩く専用コースでひたすら歩いている年配者がいたりと、子供スイミングスクールとはまた違った雰囲気だ。

航太はゴーグルをぐっと押しつける。
水に抵抗なく綺麗なフォームで潜ると、息の続く限りゆっくりと前へ進んでいく。
ゆらりゆらりと自分の体が浮き上がっていく感覚が気持ちいい。そのままクロールで泳ぎ切った。

ぷはっと顔を上げゴーグルを取ると、プールサイドにいる杏介と目が合う。

「さっきまでプールに入ってたくせによく泳げるな」

「教えるのと泳ぐのは違うだろ。久しぶりに競争でもするか?」

「負ける気はしないな」

「俺も負ける気はしない」

一瞬火花が散ったが、お互いすぐに表情を緩める。

「ま、杏介が仕事終わるまで泳いでるわ」

「わかった。じゃあ後で」

航太は早々に仕事を終え、ジムの客としてプールに入っていた。
何かをしていないとリカのことばかり考えてしまう自分に辟易する。

航太は人が少ないのをいいことに水面に仰向けになってプカリと浮かぶ。無機質な高い天井を見つめながら自分の諦めの悪さに自虐的な笑みがこぼれた。

――フッてくれたら潔く諦めるから

自分が発した言葉なのにどこか遠い他人の言葉のようだ。
潔く諦めるなどと、どの口がと思う。
ずっと秘めてきた想いをこんな形で終わらせるなんて情けないし、それにキスまでしておいてそれはないんじゃないかとも思うのだ。

(ガツガツしすぎたかなぁ……)

思い起こせば反省点しか見えなくて頭が痛くなる。
考えれば考えるほどドツボにハマっていくようだ。

航太は悶々とした気持ちを抱えたまま、結局杏介の仕事が終わるまで泳ぎ続けていた。
軽い疲労感と、いい具合にお腹がすいた。

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