先輩が愛してくれた本当のわたし
「杏介ぇ! 待った! 帰るな!」
「なに? どうかした?」
「今日のプール教室、リカちゃんの代わりに入ってくれ」
「えっ? 今から?」
「やむにやまれぬ事情なんだ」
航太は両手を合わせて「お願いっ!」と必死に頭を下げる。あまりの必死さに杏介は苦笑いしつつ「いいよ」と快諾してくれた。
「さすが~心の友よ~!」
「なんだよ、それ」
「あとついでにさ――」
「まだあるのか?」
航太はシフト表をチェックしながら手早くリカの今週のプール教室指導を外し、自分と杏介の名前に置き替えた。
「これでよろしく!」
「お前っ、俺の都合聞いてから直せよ」
「いいじゃん、心の友~! めっちゃ助かる! 杏介様! 神様! イケメン!」
「はぁ~」
強引で調子の良い航太に杏介は呆れたため息をつく。「この貸しは高いぞ」と牽制しつつ、ポツリと呟いた。
「……ところで航太さあ、森下さんと上手くいったんだ?よかったな」
「そうなんだよ。だから浮かれてつい調子に乗っちゃって」
「調子に乗って?」
「キスマークを大量に付けてしまいました」
「は? ちょっと待て。もしかしてそれがプール代わる理由?」
「そうだよ。文句あるか」
「ありまくりだよ!」
杏介はぐうっと眉間を押さえる。
リカが「航太先輩」と名前呼びをしていたことをからかおうと思っただけだったのだが、まさかそんなことになっていようとは。
杏介は航太にずずいと詰め寄る。
壁際に寄せて逃げられない状況にしてから、説教が始まった。