先輩が愛してくれた本当のわたし

事務室では先輩である航太がひとりパソコンの前で事務処理をしていた。
航太は明るく陽気なムードメーカー的存在。新人の頃のリカの教育担当でありとても頼れる上司。
けれど陽気すぎてチャラいというか軽いというか、リカはそんな印象も持っている。
生理が重く下腹も痛いこんなときに、陽気に話しかけられようものならイライラしてたまらない気がする。

他の同僚たちはプール教室の準備で出払っているようだ。
あとは受付にアルバイトがひとり。
航太は早番だったためそろそろ退勤時間だ。

リカは自分の存在を極力消しながら、事務所内に備え付けられている給湯器の前でコップに水を注いだ。

「リカちゃん、コーヒー飲むなら俺にもちょーだい」

背後から陽気な声が聞こえてリカは眉間にしわを寄せる。
どうやら自分の存在は消せてなかったようだ。

「もー、そんなの自分でやってくださいよ」

不機嫌にそう答えると、手早く錠剤を2つ流し込む。
異物が喉を通る感覚にリカはまた顔をしかめた。
だがこれでとりあえず痛みは引いてくるだろう。

「はあ」

航太にバレないように小さく息を吐いてからよしと気合を入れて事務室を出る。
と、どういうわけか肩を引かれて後ろによろめいた。
ボスっとした感触に斜め後ろを振り返れば、航太に体を支えられている。

「……小野先輩?  なんですか?」

「ん? うーん」

引き留めたくせに悩み出すのでリカはますます怪訝な表情になった。

「……もしかしてセクハラですか?」

「ああ、いや、違う違う」

航太は慌ててリカの肩から手を離す。

「うーん、リカちゃんパソコン得意だったよね?」

「え、いや、まあ、それなりに?」

「ちょっとわかんなくてさ、代わってくれない?」

「何がですか? 私今からプール教室なんですけど」

「だから、事務処理と、プールの先生、代わってくれない?」

「え、今ってことです?」

「そうそう、今だよ。俺、パソコンよりプール入ってたほうが好きなんだよね」

「は、はあ……」

「そういうわけで、あとよろしく」

航太は無理やりリカをパソコンの前に座らせ、自分はさっさと更衣室へ消えていく。
リカは困惑してどうしたらいいかわからなかった。
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