散夏咲秋
 普段なら絶対使わないオーガニックの化粧水なんて手に取って、念入りに手入れした髪と肌。この日を意識すると、自然に身体がそのように動くから不思議である。


 長い髪を丁寧に櫛で梳いて、朝顔の髪飾りをつける。鏡の中には、まるで別人のように美しい華が咲き誇っていた。今からどこかへ、嫁入りでもするかのようだ。



「行ってきます兄さん」

「お前は相変わらずだね」


 台所で麦茶を飲んでいた兄が、一言だけそう言った。その顔には、俺には理解できないとはっきりそう書いてある。


 ――別に否定はしないけど。私も兄が同じ風だったら、絶対嫌だもの。



 家は海辺の近くにある小さな民家。母が夏の花が好きだから、夏の間だけ花咲く庭。

 人魚の伝説がある海という理由だけで、父親が気に入ったという案外安易な理由から引っ越してきたが、今では結構気に入っていたりする。

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