恋の味ってどんなの?
担任は自分の顧問である美術部の準備室に二人を入れた。油絵の油の匂いや画材の独特な匂いが混ざる。
たくさんの作品や彫刻も並ぶ中、担任は自分の机の前に二つ椅子を並べた。
清太郎は藍里を先に座らせ、藍里は不安になりながらも担任を見る。
「……百田さん、復帰したばかりで本当に大変だと思うが、ちゃんと宿題もできていて、元々成績も良かったし頑張ってやり抜く力はありますね」
「ありがとう、ございます……」
何だ、とホッとしたのも束の間。
「そのですね、編入してきた時にお話は大体聞いてましたが……本当に大丈夫か?」
藍里はその大丈夫か、という言葉にまたヒヤリと感じた。
「実はな、君が休みの間にバイト先のオーナーさんから連絡が入ってね」
藍里は自分のマンションの管理人を思い出した。社員沖田の親が管理人なのである。
「辞めてもらおうかと言う話があってね」
「えっ」
「また後日改めてお話しはあると思うがね……他にも色々と」
藍里は何が何だかわからないようだ。まだしばらくバイトは休む予定だったが、全く連絡はなかった。
「なんでバイト先からこっちに連絡来るんですか」
清太郎が藍里の代わりに身を乗り出して話す。担任は苦い顔をしている。
「まぁ人材不足でフロア未経験の百田さんを体調もチェックしないでいきなり激務をさせて倒れさせるまでしたのはアウトだとは思いましたがね……」
「バイトはクビなんですか?」
藍里は不安が過ぎる。たしかに彼女のバイト代は家庭の足しにはあまりならないものの、自分の必要なものなどを買うとか少しの貯金をと思っていたが、ほとんどのバイトはさくらが嫌がる表に出る仕事しかなく、裏方を何とかさせてもらえる職場だった。
「クビ、というか……仕事先での百田さんのお話も聞きましてね、裏方での仕事も備品を、お皿を割ったり指示通りにできないとのことで違う仕事で百田さんのあった仕事があるのでは、とのことでしたね」
たしかに皿を割ったりとか上手くできないという事実は藍里は自分自身もわかってはいたが、社員の沖田はともかく理生や先輩たちが大丈夫と言ってくれていたのに、と。
「確かにね、ご家族で大変なことがあって逃げられてお母様一人で働いててお辛いかと思いますが……仕事先ももう少し広げて他の職場を探しましょう。じゃないと変なことを考える生徒が多いですから。今までの経験上」
変なこと、と言われて藍里はよくわからなかった。
「変なことって。藍里は……そんなことはしないです」
清太郎には何となくわかったようだ。今年に入っただけでも数人の女子生徒が売春やらなんやらで警察に補導されて彼らのクラスでも一人先輩に唆されて美人局をしたということもあった。それは藍里は知らない。
「いや、ねぇ。どうしよう、百田さんも宮部くんにも言うのはあれなんですけどね。お母様がお母様ですから」
「お母さんが、母がどうしたんですか」
担任はニヤリと笑った。
「ああ、知らなかったのですが。百田さんのお母様の仕事先を調べさせてもらいましたよ。いや変な意味じゃなくて緊急連絡先としてね、スマートフォンでは全く繋がらなくて。会社の方にお電話させてもらいましたら……その……」
「やめろっ」
清太郎は立ち上がって担任のところに向かうが藍里が止める。
「おや、宮部くんは知ってたんですか?」
「……」
「百田さんは知らないのですか? お母様の仕事を」
藍里は首を縦に振る。
「……そうですか、流石に言えませんよね。接客業、といえば接客業ですし、私もその仕事をする人に対しては偏見を持ってはいけないとは思ってますよ。でも流石にね」
「藍里には言わないでください」
「でもいつかはバレるでしょう。百田さんも同じようなことで仕事をして道を外して欲しくない、心配だから言ってるんです。宮部くんも幼馴染でお付き合いしているのならそんなことしてほしくないでしょ?」
清太郎は言葉が出なかった。拳は強く握っているのに藍里は気づいた。全く何が何だかわからない。
「やっぱり付き合ってますか。どこまでのお付き合いかわかりませんが、ねぇ」
「藍里のことは俺が何とかします。仕事も一緒に探します!」
「ほぉ、そうか……それなら安心だな。まぁまた決まったら報告してくれ。それと、避妊はしっかりしろよな」
清太郎はデリカシーのない言葉にまた立ち上がるが藍里が抑えた。
「あとね、オーナーさんがこないだ百田さんが倒れた時に知らない男の人が救急車に乗り込んだって」
「あっ……」
「オーナーも学校でも百田さんのご家庭は母娘二人暮らしとしか聞いてません」
「母の、恋人です」
「そう……大丈夫? 変なことされてない?」
清太郎はもう耐えきれず担任につかみかかった。
「お前っ、いい加減にしろよ! 藍里はまだ病み上がりなんだっ。それにその人はそんなことをする人じゃない!」
「やめて、宮部くん!」
藍里は清太郎を抑えるがもうダメである。担任は怯まずに清太郎の腕を掴み捻り返す。
「これは正当防衛です。これ以上やるとわかってますよね? 停学、そして百田さんはさらに傷つく……」
「るせぇ、不倫ゲス野郎っ。いでっ!!」
さらにきつく担任は腕を掴む。
「……百田さん、住む場所無くなりますよ。オーナーも怒り心頭ですから。息子さんもヘルニア再発させられた、人員削減、今まで目を瞑ってたのも耐えられないと」
藍里は泣き崩れた。
たくさんの作品や彫刻も並ぶ中、担任は自分の机の前に二つ椅子を並べた。
清太郎は藍里を先に座らせ、藍里は不安になりながらも担任を見る。
「……百田さん、復帰したばかりで本当に大変だと思うが、ちゃんと宿題もできていて、元々成績も良かったし頑張ってやり抜く力はありますね」
「ありがとう、ございます……」
何だ、とホッとしたのも束の間。
「そのですね、編入してきた時にお話は大体聞いてましたが……本当に大丈夫か?」
藍里はその大丈夫か、という言葉にまたヒヤリと感じた。
「実はな、君が休みの間にバイト先のオーナーさんから連絡が入ってね」
藍里は自分のマンションの管理人を思い出した。社員沖田の親が管理人なのである。
「辞めてもらおうかと言う話があってね」
「えっ」
「また後日改めてお話しはあると思うがね……他にも色々と」
藍里は何が何だかわからないようだ。まだしばらくバイトは休む予定だったが、全く連絡はなかった。
「なんでバイト先からこっちに連絡来るんですか」
清太郎が藍里の代わりに身を乗り出して話す。担任は苦い顔をしている。
「まぁ人材不足でフロア未経験の百田さんを体調もチェックしないでいきなり激務をさせて倒れさせるまでしたのはアウトだとは思いましたがね……」
「バイトはクビなんですか?」
藍里は不安が過ぎる。たしかに彼女のバイト代は家庭の足しにはあまりならないものの、自分の必要なものなどを買うとか少しの貯金をと思っていたが、ほとんどのバイトはさくらが嫌がる表に出る仕事しかなく、裏方を何とかさせてもらえる職場だった。
「クビ、というか……仕事先での百田さんのお話も聞きましてね、裏方での仕事も備品を、お皿を割ったり指示通りにできないとのことで違う仕事で百田さんのあった仕事があるのでは、とのことでしたね」
たしかに皿を割ったりとか上手くできないという事実は藍里は自分自身もわかってはいたが、社員の沖田はともかく理生や先輩たちが大丈夫と言ってくれていたのに、と。
「確かにね、ご家族で大変なことがあって逃げられてお母様一人で働いててお辛いかと思いますが……仕事先ももう少し広げて他の職場を探しましょう。じゃないと変なことを考える生徒が多いですから。今までの経験上」
変なこと、と言われて藍里はよくわからなかった。
「変なことって。藍里は……そんなことはしないです」
清太郎には何となくわかったようだ。今年に入っただけでも数人の女子生徒が売春やらなんやらで警察に補導されて彼らのクラスでも一人先輩に唆されて美人局をしたということもあった。それは藍里は知らない。
「いや、ねぇ。どうしよう、百田さんも宮部くんにも言うのはあれなんですけどね。お母様がお母様ですから」
「お母さんが、母がどうしたんですか」
担任はニヤリと笑った。
「ああ、知らなかったのですが。百田さんのお母様の仕事先を調べさせてもらいましたよ。いや変な意味じゃなくて緊急連絡先としてね、スマートフォンでは全く繋がらなくて。会社の方にお電話させてもらいましたら……その……」
「やめろっ」
清太郎は立ち上がって担任のところに向かうが藍里が止める。
「おや、宮部くんは知ってたんですか?」
「……」
「百田さんは知らないのですか? お母様の仕事を」
藍里は首を縦に振る。
「……そうですか、流石に言えませんよね。接客業、といえば接客業ですし、私もその仕事をする人に対しては偏見を持ってはいけないとは思ってますよ。でも流石にね」
「藍里には言わないでください」
「でもいつかはバレるでしょう。百田さんも同じようなことで仕事をして道を外して欲しくない、心配だから言ってるんです。宮部くんも幼馴染でお付き合いしているのならそんなことしてほしくないでしょ?」
清太郎は言葉が出なかった。拳は強く握っているのに藍里は気づいた。全く何が何だかわからない。
「やっぱり付き合ってますか。どこまでのお付き合いかわかりませんが、ねぇ」
「藍里のことは俺が何とかします。仕事も一緒に探します!」
「ほぉ、そうか……それなら安心だな。まぁまた決まったら報告してくれ。それと、避妊はしっかりしろよな」
清太郎はデリカシーのない言葉にまた立ち上がるが藍里が抑えた。
「あとね、オーナーさんがこないだ百田さんが倒れた時に知らない男の人が救急車に乗り込んだって」
「あっ……」
「オーナーも学校でも百田さんのご家庭は母娘二人暮らしとしか聞いてません」
「母の、恋人です」
「そう……大丈夫? 変なことされてない?」
清太郎はもう耐えきれず担任につかみかかった。
「お前っ、いい加減にしろよ! 藍里はまだ病み上がりなんだっ。それにその人はそんなことをする人じゃない!」
「やめて、宮部くん!」
藍里は清太郎を抑えるがもうダメである。担任は怯まずに清太郎の腕を掴み捻り返す。
「これは正当防衛です。これ以上やるとわかってますよね? 停学、そして百田さんはさらに傷つく……」
「るせぇ、不倫ゲス野郎っ。いでっ!!」
さらにきつく担任は腕を掴む。
「……百田さん、住む場所無くなりますよ。オーナーも怒り心頭ですから。息子さんもヘルニア再発させられた、人員削減、今まで目を瞑ってたのも耐えられないと」
藍里は泣き崩れた。