恋の味ってどんなの?

第二話

 その時
「喉乾いちゃったー。藍里おはよ」
 と、さくらが上はスエットで下はショーツだけという姿で現れた。藍里にとってはこんな母の姿は見たことがなかった。

 女二人の生活でさえもこんな姿はしなかったのに時雨が来てからというとさくらはとても笑い、微笑み、そして男の人に甘える。
 前の夫に対しては笑いもせず、いつも怯え、顔色を伺い、よく泣いていた。

 藍里はこんな顔をするのかと驚くばかりである。化粧も彼と付き合った頃からであろうか、上手になっていき髪型も服装もそれなりによくなっていく姿を見ると恋をしたらこうなるのか、では前の夫に対しては恋もなかったのかと不思議になるものだ。

 だがいくらなんでもスエットにショーツという姿、ノーブラでもあるその姿は流石に気が緩みすぎている、だが先ほどリビングのソファーで時雨と絡み合って甘い声を出していたさくらのことと重ねるとその姿はとてもセクシーに感じ、目のやり場に同性であっても戸惑ってしまう。

 やはり親の性に触れるとどうしたもんだか、なんかモゾモゾと感じてしまうのだろう、そして前の夫から藍里の目の前でやられていたボディタッチやハグやセンシティブな箇所を触る行為、すべてさくらは嫌がっていた。子供の前だからやめて、触るのをやめてと拒否している姿を藍里は目に焼き付けていた。

 あんなに嫌がっていた母親が今では別の男に抱かれても抵抗なく、そしてこんな露わな姿を娘に見せられるのはなぜなのか、藍里の中でぐちゃぐちゃと複雑な感情が生まれる。

「さくらさん、下のズボンは?! 藍里ちゃん見てるし……」
 かなりの慌てようの時雨は慌ててさくらのところに行き、近くにあったブランケットを彼女の腰に巻きつけ高校2年生の多感な藍里のために隠した。

「そんなことしなくてもいいの。私は水が飲みたい」
 と甘える。家事も料理も掃除も時雨に甘えっぱなしのさくら。
 前の時は家事に対して手を抜けなかった。料理も掃除もすべて前の夫が厳しくチェックされていたのだ。

 完璧にやっても粗を探られる。少しでも楽をしようとするのであれば論破されて正される。さくらが怯えてたりしていたワケはこれに一致するものだが、彼女は総じて家事が得意でなく、ずっと苦労していたようだ。
 母娘二人暮らしの時でさえもうまくできずにすぐ部屋は汚くなり、料理もインスタントを使うようになった。前の夫のときには絶対使わなかった。

 無理をしていたのだ、さくらは。

 藍里自身もさくらから教わることもなくここまできたが、バイト先で調理補助がうまくできなかったときに
「お前は親の手伝いをしなかったからできないんだ」
 となじられて苦しくて悔しい思いをしたことがあった。何度も練習はしたができないとなるとさくらと同じくどうやらうまくでにないようだ。

 その時ばかりはさくらを憎みたくなるものだが、そんなことしてもどうにもならないと藍里は胸にしまった。

 家事をしなくなったさくらはなぜかのびのびとしてて穏やかで自分に負の感情を当てられないと思えばまだいいか、と。

 そしてさくらは水を飲んだ後また部屋に戻って行った。
「……時雨くん、優しいよね」
「そうかな。あ……コーヒー持ってくるよ」
 少し頬を赤らめている時雨ば台所に行った。

「そういえば藍里ちゃん、もう少ししたら学校だね。前、かわいい制服着てたけどあそこはこの辺ではいい学校って聞いたよ」

 台所からそう話しかけられる。時雨は二人が初めて会った時に藍里が着ていた制服を、覚えていたようだ。

「そうなんだ。聞いたことなかったけど制服とか色々とくれたから」
「そこか、まぁすごいよね。2年生からでも受け入れてくれるとかいい学校だと思うよ。大学もいいところに進学してる確率高いし」

 大学……と藍里は口に出した。

「藍里ちゃんは将来何になりたいの? そいやあまりそういうこと聞いたことがなかったなぁって」
「将来かぁ」

 いきなり全てを捨て何もかも失い、将来よりも明日、いや今をもがいて生きていた彼女には将来についてしばらく考えていなかったと。目の前にコーヒーを出してもらい、猫舌な彼女はゆっくりと啜る。

 コーヒーが飲み終わるまで答えはできなかったが、過去に抱いていた夢は思い出した。


 女優になりたかった、ことを。
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