恋の味ってどんなの?
 帰り道。
 清太郎と歩く。
「今度時雨さん料理教えてもらうんだ」
「見てるだけだとわかんないって言ってたよね」
「時雨さんに俺らの弁当作ってもらってさぁ……あんな美味しそうなもの俺も作りたい」
「弁当屋のおじさんたちにおしえてもらわなかったの?」
「あの人らは匙加減うまく教えてくれないんよ」
「あ、習おうとはしたんだ……」
「したけどちっとも覚えられん。あっちも忙しそうだし」
「そこまでしてなんで習いたいの?」

 清太郎は立ち止まった。

「お前に食べさせてやりたい」
「えっ」
「藍里もこれから進学して仕事するだろ、で結婚して子供もできたら大変になる。少しでも補えるように俺も料理ある程度できるようにしないとなって」
「……まぁ、だいぶ後の話ね。まぁまだ清太郎はお母さんやお姉さんの言いつけを守ろうとしてる、女を大事にしろっていう。大丈夫よ。私がこれから料理や家事できるように頑張るから」
 清太郎はフゥン、と言った。 

「てかさ、時雨さんとずっと2人きりで一緒にいたら……ずっと彼のご飯食べてたら時雨さんに気持ちがいってたんだろ。いくら母親の恋人だからといっても……」
 図星であった。清太郎に見抜かれていたのだ。

「ほんとごめんな、変なこと言って。結婚とか子供とか。あと時雨さんのことやきもちではない」
「ううん、大丈夫。そういうことを話したり考えたりするのも楽しいよね。でも清太郎も料理とか家事のことを考えてくれてるんだって思うと進学もだけど仕事のことも考えられそう……」
 二人はしばらくの間無言だった。弁当屋の前を通る。清掃の業者が入っている。今日はメンテナンス日で休みである。

 だから二人はバイトは休み。時雨も休みで家にいる。
 弁当屋を横目に二人で藍里のマンションに向かう。
「あのさ、綾人のオーディション……受けないのか」
「えっ」
「……いや、どうかなって。お前昔、子役やっててさ、その……学校で演劇やった時にすごくイキイキしていた」
「まぁ、あの頃は楽しかったけどね。……結局大きな役やお仕事はできなかったけどお芝居をするのはよかったかも」

 レッスンの日々、端役だが多くの人たちと創り上げていく舞台。

「今はもう無理。かなりブランク空いたし、事務所はもうとうに辞めたし、それにお父さんのオーディション……久しぶりに会ってどんな顔して会えばいいのよ。それにママが……ママが必死になって私と逃げたのが全部泡になっちゃう」
「……だよな、すまん。でもいつまでも逃げているつもりなのか?」
「……」
「俺、お前の未来決めてしまうのもなんだけどもう一度舞台で輝いている藍里を見てみたい」

 マンション前に着いた。藍里は先に歩き少し立ち止まって振り返った。


「……」
「綾人に、お前の父親に、今は幸せだって。さくらさんも藍里も昔よりも幸せだって……」
 藍里は俯いた。

「……行こう、早く」
 ちらっとファミレスを見る。窓際で理生が接客しているところであった。
 目が合ったが互いに目を逸らしてしまった。

 結局バイト先の人たちにちゃんと挨拶ができないままだった藍里。
 菓子折りは渡したのだがせめて理生だけには、と思ってもできなかった。
 藍里に一番初めに優しく声をかけてくれて、あれやらこれやら仕事を教えてくれた人。
 同じく母子家庭。何か通ずるものがあったようだ。

「藍里?」
「ううん、大丈夫……時雨くん待ってるよ。行こう」
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