カタルシス
青春の過ちを犯す度に蒼碧の如きあざやかな蒼は散り、気づけば社会の歯車になることを強いられる。そして、その事を言い訳のように大人になると人は言う。
学生時代は多くの若者にとってそんな儚い青春を過ごす最後のひとときだ。
だが、限りあるからこそ命が美しいように、あの頃は刹那であると同時に永遠だった…。
そう、僕にとっても、彼女にとっても…。
物語は僕等が中学三年生、卒業式の近づいたある一日に遡る。
「それじゃあ今日の授業はここまで…」
いかにも温厚そうな恰幅のいい担任の先生が手にしていた書類の束を立て、机に叩き揃えた。
「起立、気をつけ、礼、着席!」
日直が号令し、僕は学校の礼儀に従い、先生が出て行くとやにわに教室は騒がしくなった。
「熊阪先生の授業受けられなくなるのも寂しくなるな…。授業面白かったからな!」
僕はいつものようにいのいちばんに幼馴染の西野絵里に話しかけた。
「…そうね…そう言えば先週行ったって言ってた温泉どうだったの?」
絵里は綺麗だ。ほっそりと整った容姿は言わずもがな、おしとやかで控え目で、夢みがちだけどしっかりしてて…。
二年生の時、FWでスポーツ万能、カッコもよくて学校中の女子から大人気の三浦が当時の先輩の三年生の引退で満を持してサッカー部の主将になり、絵里に告白した。その時、なんと絵里は断ったんだ。その時の理由が好きな人がいるってのだったんだけど、誰のことが好きか訊いた三浦に絵里は、内緒でって断って、勉強はそこそこできるけどスポーツはまるで駄目、同じサッカー部でも万年補欠、容姿だってパッとしない幼馴染だというだけの僕のことが好きだって言ったっていうんだ。三浦が後で教えてくれた。
そんな事を言っといて僕には一度たりとも好きなんて言ってくれたことがない。でも、絵里のそういうところが僕は大好きだ。
「おお、よくぞ訊いてくれたね、絵里。八雲の落部って所に銀婚温泉っていう秘湯の宿っていうランキングでナンバーワンに輝くようないい宿があってね」
「へえ…で、札幌からはどのくらい?」
絵里はいつも、あたかも僕との会話に興味なさそなふりをして、それでいていつまでも会話をつなげてくれる。絵里のそういうところも好きだ。
「車で六時間はかかるかな…。家族旅行で行ったんだけど山中にポツリと一軒温泉宿、まさに秘境でさ…」
「あら、すごい…」
「で、宿の広大な敷地には落部って地名通りほんとに落ちそうな吊り橋があってさ…」
「えっ?大丈夫だった?」
さすがの絵里も驚いた様子だった。
「バカ!大丈夫だったからここにいるんだろ?それでちょうど、その温泉にとっては虫がいなくていい季節らしい冬の終わりに行けたのが幸運だったらしいんだけど、吊り橋から歩いて行った所に露天風呂があってね。『かつらの湯』、『杉の湯』、『どんぐりの湯』、『もみじの湯』、『トチニの湯』、全て木の名前がついているのさ」
「トチニの湯?」
「アイヌ語で栃っていう木のことさ。それで露天に浸かると見渡す限りただただ雪化粧した樹々の白い山並みに自分のはいた白い息がとけてくのさ。それがなんとも言えずロマンティックだったよ」
「私も行きたかったな…」
「二人で北大行ったら何度でも連れてってあげるよ」
「じゃあ、私は悠人君が橋から落ちたら看護してあげる」
絵里が笑った。美しく儚い微笑みだった…。
「縁起でもないこというなよ、ばか!」
「冗談冗談!」
「ともかく約束する、北大に入ったら連れてくよ…。そして将来そこでプロポーズする、約束する」
自分が中三でプロポーズすることになろうとは思わなかったけど、流れ出た言の葉は止められなかった…。
絵里は恥ずかしそうに頷いた。
…僕と絵里は、将来を約束していた。
とは言っても、僕と直子の親が正式に許嫁として認めたとか、そういうことではなくて、将来、二人とも北大に進学し、今はなにかふわふわとした二人の関係を北大に入ってから正式で真面目なつきあいとして、将来は生活を共にしようと約束していたんだ。
「…ごめん、そう言えば私、言ってなかった事あるんだけどね…」
絵里の表情が曇った…。
「どうかしたのか?」
慌てて訊いた僕に、
「驚かないでね…聞いてくれる?」
絵里は教室の窓辺に立ち、
「…ああ…」
札幌の冬の寒さで曇った窓にあいあいがさを描くと、
「私…引っ越すんだ…釧路に…」
そう言って、掌でかき消した。
「…そっか…」
「理由訊いてくれないんだね…」
そう言う蒼ざめた表情の絵里はどこか今までの絵里とはなにかが違うように感じられた。
「…なに言ってんだよ!三年とちょっと後には北大で再会できるじゃん…!俺は農学部、絵里は看護学科!助産婦さんになりたいんだろ!?」
抗う僕に、
「うん…!」
絵里は諭すように相槌を打ったんだ…。
「高校生になったらお互いスマホ持てるよな…。LINEがある。毎日連絡するよ」
「うんっ!…待ってるね!」
無理したように絵里は微笑う。
「俺たち二人北大生になったらさ…」
「えっ…?」
「正式に付き合ってやがては結婚しよう…」
「いいよ…約束する…ねえ、指切りしよっか…」
僕は安心した。僕のプロポーズがさしあたってうまく行ったという安心と、絵里が指切りを申し出たことに対する安心だった。絵里は僕たちが幼稚園にいた頃からなにか約束する度に必ず指切りを要求した。絵里にとってはそれが約束に於けるルーティンのようなもので、それが絵里が昔と変わっていないという安心を僕に与えたんだ…。
「いいよわかった…」
僕たちは小指で今の僕たちに出来る精一杯のささやかな愛を交わした。
秋宮悠人―寝坊しなかったか?
西野絵里―そっちこそ授業中に居眠りしてるんじゃないの?
秋宮悠人―バカ野郎、超優等生だよ、俺は。中間試験、7位だったんだぜ。
西野絵里―あっ、いたた…。
秋宮悠人―どうした?大丈夫か?
西野絵里―心配かけてごめんね。大丈夫、ただの腹痛。でも7位って、下からでしょww。
秋宮悠人―お前なあ…。
高校生になって僕らは離れ離れになった。しかし、それは肉体的にという意味で、現代文明の栄光を享受した僕らはLINEや電話を通じて心はいつも傍にいた。
このまま二人心を通じ合わせながら三年間が流れ、北大で再会して結ばれる、僕はそう信じて疑わなかったんだ。そう、あの時までは…。
その思いだにしなかったカタストロフは一学期の期末テストが終わり、夏休みに入る頃急に訪れた。あれだけ頻繁にやりとりしていた絵里から、急にLINEが送られなくなり、返信が突然一切なくなったのだ。LINE通話にも出ない。
秋宮悠人―絵里?どうした?返事くれ。―既読
秋宮悠人―なんかあったのか?連絡待ってる。―既読
秋宮悠人―ほんとどうしちまったんだよ!?返事よこせよ。―既読
秋宮悠人―西野絵里へ通話―応答なし
メッセージに既読はついている。こちらの言葉を読んではいるが返してこないのだ。
釧路にいるんだ。一か八か僕は週末釧路行きの汽車にのって絵里に逢いに行った。
秋宮悠人―今、釧路の駅からすぐの喫茶店にいる。絵里が来るまで僕は待ってる。
数十分後に既読がついた。返信はないがこちらの意思は伝わったはずだ。
駅前の喫茶店で彼女を待つ。
チックタックと柱時計の針は待ち合わせ時間を過ぎても無情にも時を刻み続け、僕はただひたすらに待った。
今日逢えなければ、マンガ喫茶は未成年は夜を明かせないから、夜道を散歩しながらコンビニエンスストアででも一夜を過ごし、また一日その喫茶店で待とうと思った。
時計の針が九時に近づき、喫茶店の口髭を蓄えたマスターが、
「お客さん、そろそろ閉店ですよ」と僕に声を掛けたその時である。
軋んだドアとカウベルの音が鳴り、少し成長したが、少しも変わってない絵里の姿がそこにあった。
「どうしたんだよ…?今日はもう来ないかと思ったよ…」
「『今日』はですって!明日も待つつもりでいたの!?バカ!バカ!バカ!」
絵里は涙ぐんでいた。
「遅れといてそのセリフはないだろ、絵里…。久々に逢えたんだ…。元気か?それよりどうしてLINEや電話に応じてくれないんだよ!?」
僕の言葉で絵里の顔色が真っ青になった。
「…わたし…もう私、悠人君のこと好きじゃないの!」
その言葉に、僕は地面が崩れ落ち、意識が遠のいていく心地がしたが、
「…つきあってる奴でもいるのか?」
なんとか言葉を振り絞った。
「…そういう問題じゃなくって…。…とにかくこれ以上私に関わらないで…」
絵里が声を震わせたその時である。
再び軋んだドアとカウベルの音が鳴り響き、一人の体格のいい精悍な、然しながら悠人や絵里と年端の変わらないであろう青年がとても強い勢いで喫茶店に入って来て僕を睨みつけると、
「絵里は俺の女だ。もうこれ以上俺たちに関わるな。わかったらとっとと札幌に帰れ。終わりだ!」
これというほどないほど強く脅した。
「誰だよお前は!?関係ねえだろ!?絵里!どうなんだよ!」
「…帰って…御願い…」
そう僕に俯きながら話すテーブルの上には涙の水溜りが出来ていた。
僕は一連の劇場のような場面に面食らっていたが、同時に僕の思考と直感は、
『絵里は僕と逢って涙ぐんでいた。今だってそうだ。何かがおかしい…!絵里とこいつは僕に対して重大ななにかを隠しているような気がする…!…だけど、絵里が僕を拒んでいる以上、今の僕は深追い出来ない…。悔しいけど今の僕にはなんの力もない…。耐えろ!今は耐えるんだ!北大で再会した時、解決の道が開けるはずだ…!』
学生時代は多くの若者にとってそんな儚い青春を過ごす最後のひとときだ。
だが、限りあるからこそ命が美しいように、あの頃は刹那であると同時に永遠だった…。
そう、僕にとっても、彼女にとっても…。
物語は僕等が中学三年生、卒業式の近づいたある一日に遡る。
「それじゃあ今日の授業はここまで…」
いかにも温厚そうな恰幅のいい担任の先生が手にしていた書類の束を立て、机に叩き揃えた。
「起立、気をつけ、礼、着席!」
日直が号令し、僕は学校の礼儀に従い、先生が出て行くとやにわに教室は騒がしくなった。
「熊阪先生の授業受けられなくなるのも寂しくなるな…。授業面白かったからな!」
僕はいつものようにいのいちばんに幼馴染の西野絵里に話しかけた。
「…そうね…そう言えば先週行ったって言ってた温泉どうだったの?」
絵里は綺麗だ。ほっそりと整った容姿は言わずもがな、おしとやかで控え目で、夢みがちだけどしっかりしてて…。
二年生の時、FWでスポーツ万能、カッコもよくて学校中の女子から大人気の三浦が当時の先輩の三年生の引退で満を持してサッカー部の主将になり、絵里に告白した。その時、なんと絵里は断ったんだ。その時の理由が好きな人がいるってのだったんだけど、誰のことが好きか訊いた三浦に絵里は、内緒でって断って、勉強はそこそこできるけどスポーツはまるで駄目、同じサッカー部でも万年補欠、容姿だってパッとしない幼馴染だというだけの僕のことが好きだって言ったっていうんだ。三浦が後で教えてくれた。
そんな事を言っといて僕には一度たりとも好きなんて言ってくれたことがない。でも、絵里のそういうところが僕は大好きだ。
「おお、よくぞ訊いてくれたね、絵里。八雲の落部って所に銀婚温泉っていう秘湯の宿っていうランキングでナンバーワンに輝くようないい宿があってね」
「へえ…で、札幌からはどのくらい?」
絵里はいつも、あたかも僕との会話に興味なさそなふりをして、それでいていつまでも会話をつなげてくれる。絵里のそういうところも好きだ。
「車で六時間はかかるかな…。家族旅行で行ったんだけど山中にポツリと一軒温泉宿、まさに秘境でさ…」
「あら、すごい…」
「で、宿の広大な敷地には落部って地名通りほんとに落ちそうな吊り橋があってさ…」
「えっ?大丈夫だった?」
さすがの絵里も驚いた様子だった。
「バカ!大丈夫だったからここにいるんだろ?それでちょうど、その温泉にとっては虫がいなくていい季節らしい冬の終わりに行けたのが幸運だったらしいんだけど、吊り橋から歩いて行った所に露天風呂があってね。『かつらの湯』、『杉の湯』、『どんぐりの湯』、『もみじの湯』、『トチニの湯』、全て木の名前がついているのさ」
「トチニの湯?」
「アイヌ語で栃っていう木のことさ。それで露天に浸かると見渡す限りただただ雪化粧した樹々の白い山並みに自分のはいた白い息がとけてくのさ。それがなんとも言えずロマンティックだったよ」
「私も行きたかったな…」
「二人で北大行ったら何度でも連れてってあげるよ」
「じゃあ、私は悠人君が橋から落ちたら看護してあげる」
絵里が笑った。美しく儚い微笑みだった…。
「縁起でもないこというなよ、ばか!」
「冗談冗談!」
「ともかく約束する、北大に入ったら連れてくよ…。そして将来そこでプロポーズする、約束する」
自分が中三でプロポーズすることになろうとは思わなかったけど、流れ出た言の葉は止められなかった…。
絵里は恥ずかしそうに頷いた。
…僕と絵里は、将来を約束していた。
とは言っても、僕と直子の親が正式に許嫁として認めたとか、そういうことではなくて、将来、二人とも北大に進学し、今はなにかふわふわとした二人の関係を北大に入ってから正式で真面目なつきあいとして、将来は生活を共にしようと約束していたんだ。
「…ごめん、そう言えば私、言ってなかった事あるんだけどね…」
絵里の表情が曇った…。
「どうかしたのか?」
慌てて訊いた僕に、
「驚かないでね…聞いてくれる?」
絵里は教室の窓辺に立ち、
「…ああ…」
札幌の冬の寒さで曇った窓にあいあいがさを描くと、
「私…引っ越すんだ…釧路に…」
そう言って、掌でかき消した。
「…そっか…」
「理由訊いてくれないんだね…」
そう言う蒼ざめた表情の絵里はどこか今までの絵里とはなにかが違うように感じられた。
「…なに言ってんだよ!三年とちょっと後には北大で再会できるじゃん…!俺は農学部、絵里は看護学科!助産婦さんになりたいんだろ!?」
抗う僕に、
「うん…!」
絵里は諭すように相槌を打ったんだ…。
「高校生になったらお互いスマホ持てるよな…。LINEがある。毎日連絡するよ」
「うんっ!…待ってるね!」
無理したように絵里は微笑う。
「俺たち二人北大生になったらさ…」
「えっ…?」
「正式に付き合ってやがては結婚しよう…」
「いいよ…約束する…ねえ、指切りしよっか…」
僕は安心した。僕のプロポーズがさしあたってうまく行ったという安心と、絵里が指切りを申し出たことに対する安心だった。絵里は僕たちが幼稚園にいた頃からなにか約束する度に必ず指切りを要求した。絵里にとってはそれが約束に於けるルーティンのようなもので、それが絵里が昔と変わっていないという安心を僕に与えたんだ…。
「いいよわかった…」
僕たちは小指で今の僕たちに出来る精一杯のささやかな愛を交わした。
秋宮悠人―寝坊しなかったか?
西野絵里―そっちこそ授業中に居眠りしてるんじゃないの?
秋宮悠人―バカ野郎、超優等生だよ、俺は。中間試験、7位だったんだぜ。
西野絵里―あっ、いたた…。
秋宮悠人―どうした?大丈夫か?
西野絵里―心配かけてごめんね。大丈夫、ただの腹痛。でも7位って、下からでしょww。
秋宮悠人―お前なあ…。
高校生になって僕らは離れ離れになった。しかし、それは肉体的にという意味で、現代文明の栄光を享受した僕らはLINEや電話を通じて心はいつも傍にいた。
このまま二人心を通じ合わせながら三年間が流れ、北大で再会して結ばれる、僕はそう信じて疑わなかったんだ。そう、あの時までは…。
その思いだにしなかったカタストロフは一学期の期末テストが終わり、夏休みに入る頃急に訪れた。あれだけ頻繁にやりとりしていた絵里から、急にLINEが送られなくなり、返信が突然一切なくなったのだ。LINE通話にも出ない。
秋宮悠人―絵里?どうした?返事くれ。―既読
秋宮悠人―なんかあったのか?連絡待ってる。―既読
秋宮悠人―ほんとどうしちまったんだよ!?返事よこせよ。―既読
秋宮悠人―西野絵里へ通話―応答なし
メッセージに既読はついている。こちらの言葉を読んではいるが返してこないのだ。
釧路にいるんだ。一か八か僕は週末釧路行きの汽車にのって絵里に逢いに行った。
秋宮悠人―今、釧路の駅からすぐの喫茶店にいる。絵里が来るまで僕は待ってる。
数十分後に既読がついた。返信はないがこちらの意思は伝わったはずだ。
駅前の喫茶店で彼女を待つ。
チックタックと柱時計の針は待ち合わせ時間を過ぎても無情にも時を刻み続け、僕はただひたすらに待った。
今日逢えなければ、マンガ喫茶は未成年は夜を明かせないから、夜道を散歩しながらコンビニエンスストアででも一夜を過ごし、また一日その喫茶店で待とうと思った。
時計の針が九時に近づき、喫茶店の口髭を蓄えたマスターが、
「お客さん、そろそろ閉店ですよ」と僕に声を掛けたその時である。
軋んだドアとカウベルの音が鳴り、少し成長したが、少しも変わってない絵里の姿がそこにあった。
「どうしたんだよ…?今日はもう来ないかと思ったよ…」
「『今日』はですって!明日も待つつもりでいたの!?バカ!バカ!バカ!」
絵里は涙ぐんでいた。
「遅れといてそのセリフはないだろ、絵里…。久々に逢えたんだ…。元気か?それよりどうしてLINEや電話に応じてくれないんだよ!?」
僕の言葉で絵里の顔色が真っ青になった。
「…わたし…もう私、悠人君のこと好きじゃないの!」
その言葉に、僕は地面が崩れ落ち、意識が遠のいていく心地がしたが、
「…つきあってる奴でもいるのか?」
なんとか言葉を振り絞った。
「…そういう問題じゃなくって…。…とにかくこれ以上私に関わらないで…」
絵里が声を震わせたその時である。
再び軋んだドアとカウベルの音が鳴り響き、一人の体格のいい精悍な、然しながら悠人や絵里と年端の変わらないであろう青年がとても強い勢いで喫茶店に入って来て僕を睨みつけると、
「絵里は俺の女だ。もうこれ以上俺たちに関わるな。わかったらとっとと札幌に帰れ。終わりだ!」
これというほどないほど強く脅した。
「誰だよお前は!?関係ねえだろ!?絵里!どうなんだよ!」
「…帰って…御願い…」
そう僕に俯きながら話すテーブルの上には涙の水溜りが出来ていた。
僕は一連の劇場のような場面に面食らっていたが、同時に僕の思考と直感は、
『絵里は僕と逢って涙ぐんでいた。今だってそうだ。何かがおかしい…!絵里とこいつは僕に対して重大ななにかを隠しているような気がする…!…だけど、絵里が僕を拒んでいる以上、今の僕は深追い出来ない…。悔しいけど今の僕にはなんの力もない…。耐えろ!今は耐えるんだ!北大で再会した時、解決の道が開けるはずだ…!』