君は、6人目のメンバー。
「わ!美味しそう!!」

運ばれてきた料理に、思わず声が出る。

だって、本当に美味しそう。そして、オシャレ。

ライムグリーンの丸い平皿に、
たくさんのサラダとパン、キッシュ、オムレツ、フルーツ…
いろんな料理が絶妙なバランスで盛り付けられている。

見たことのない野菜あるんだけど、コレなんだろう。

白くて三角の野菜?果物?をじーっと見つめていると、
向かいの席の春風さんが「ふふっ」と笑う。

「さ、どうぞ召し上がれ。ごめんねー、わざわざうちの会社の近くまで来てもらって。でも、ぜひ美味しいお店でランチでも、と思って」

(いえ! どうせなんの予定もなかったですし、こんなオシャレなお店、ほんっと嬉しいです!!!)


そう答えたかったけど、
実際に私の口から出た言葉は。

「い、いえ!…あの、ありがとうございます」

……んもー!!
どうしてもっと気の利いたこと言えないのよっ。

脳内の私がツッコむけど、
私はもともと友達以外と喋るのは得意じゃないし、
それもこんなオシャレなお店で、
だいぶ年上の美人なおねえさんと向かい合ってランチなんて、
緊張するに決まってるーー!!!


春風さんから連絡をもらった数日後。

夏が来たー!!って感じの空がまぶしい、
7月のはじめの土曜日。

土曜日もお仕事だという春風さんに誘われて、
私は渋谷区にある春風さんの会社の近くのカフェに来ている。

春風さんの会社というのはもちろん、
ジェリーフィッシュが所属する、国内最大手のアイドル事務所「ジュエル」!

で、ここのカフェには、ジュエルの所属アイドル達もよく来てるらしい。


そうかそうか、あのアイドル達は、
いつもこんなオシャレなもんを食べているのか、
だからあんなにキラキラしているのかも……。

ごくり。

一番手前の、半熟卵がドレスのすそみたいになっているオムライスにスプーンを伸ばす。
そして一口……。


「お、おいしいっっっっ!!!!」


なんなの、この美味しさ!

これは、私の知ってるオムライスじゃない。

トロトロの卵も最高だし、
その下のケチャップライスは、濃厚でコクがあって……。


し、しあわせ~~~~~~~~~~!!!


思わず、頬に手をあててその美味しさを嚙みしめていると。


「はー。女の子、可愛いわぁ」


しみじみと、目を細めて私を見る春風さん。


「ふだん、男子ばっか相手してるからさぁ……。ヒナちゃん見てると、ほんっっと心が洗われるわ……」

「いえ、そんな……」

「女子高生いいなー。私もあの頃に戻りたい。もうすぐ夏休みでしょ? 旅行行ったり、テーマパークに行ったりするの?」

「ぜんぜん。勉強と、バイト増やそうかなーってくらいで」

「わ。えらいなぁ。バイトは、コンビニバイトしてるんだよね?」

「はい、夏休みの間だけ、他のバイトも掛け持ちできたらなぁと思って…。今の高校、なんだかんだお金がかかるので」

「はぁー」

春風さんは、感心したような表情で私を見て、それから、「あ」と何か思いついたような声を上げた。


「じゃあさ、ヒナちゃん、夏休みの間ウチでバイトしない?」

「え」

思いがけない提案に戸惑う。

「でも私、コンビニバイトしかしたことなくて…」

コンビニなら、自分がお客さんとして行ったことあるから、仕事内容もなんとなく分かってたけど、アイドル事務所のバイトなんて、どんな仕事があるのか想像もつかない。


「大丈夫。ヒナちゃんにお願いしたいのは、私の手伝い」

「というと…」

「つまり、ジェリーフッシュのマネージャー業務ってこと」

「え。ええええっ」

「もちろん、スケジュール管理とか出演交渉とか、そういうのは今まで通り私がやるから、ヒナちゃんにお願いしたいのは、お茶出しとか、ちょっとしたおつかいとか、楽屋の片付けとか、そういうところ。で、もう1つ大事な事があって」

そこで話を切って、春風さんは姿勢をただす。

「あのね、ヒナちゃんの書いたあの歌詞、ジェリーフィッシュのファン方々にすごく評判がいいの」

「えっ」

思いがけない言葉に、私が目を丸くする。

「たぶん、ジェリーフィッシュのメンバーと同世代のヒナちゃんだからこそ書ける歌詞なんだと思う」


頬がパッと熱くなる。
今更だけど、私の妄想の歌詞、読まれてるの恥ずかしい。
でも、評判がいいって言われると…、正直めちゃくちゃ嬉しい!!


「だからね。ヒナちゃんにお願いしたいことは2つ」

「1つは、ジェリーフィッシュのマネージャー業のお手伝い…まぁ、つまりは身の回りのお世話係」

「2つ目は、ジェリーフィッシュのメンバーと一緒に過ごすことで、メンバーたちの内面を知ってもらって、その上で歌詞を書いて欲しい。今度は、最初からジェリーフィッシュが歌うことを想定して、メンバーに合う歌詞を」

私は息をのむ。


ジェリーフィッシュに合う歌詞を書く…?
そんなこと…、私にできるのかな?
私がノートに綴ってるのは、ただの妄想垂れ流しで、
歌詞、しかも人気アイドルが歌う歌の歌詞なんて、そんな…。

ぜったい無理。

そう思うんだけど、でも。


試してみたい。自分になにができるのか。

飛び込んでみたい。まだ見ぬ新しい世界に。

そして、変えたい。

今の自分は、好きじゃないから。


「もちろん、返事は今すぐくれなくていい。親御さんにも相談して欲しいし」

春風さんが優しくそう言ってくれて。

私は、視線をあげて春風さんを見る。


「はい。ちゃんと親の許可をもらって……、それから、ぜったいやりたいです。よろしくお願いします!」


春風さんの顔が嬉しそうにパァッと輝く。



あぁ、どうしよう。

心臓がバクバク。

やっぱりちょっと不安。

でも、その何倍もワクワクしてて。


熱くなってきた体を鎮めようと、
オレンジジュースのグラスをとる。


今年の夏休みは、
特別な夏休みになる。


グラスの氷がカランと音を立てて、
私はそう思った。




この時の私の予感はみごと的中する。


あんなに泣いて、笑って、ときめいて、努力して、、
そして誰かのことを想った夏は、初めてだったから。
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