無口な担当医は、彼女だけを離さない。


「いやお前ずる」

「え?」

「今日それ着るのかよ…」

「世那くん私がいない間服とか送ってこないでね」

「はいはい」



仕事に行く前の世那くんが玄関までお見送り。


私を見つめる世那くんの目がいつもより優しい気がして思わず逸らす。


世那くんだってずるい。よりにもよって今日そんな顔するとか。



「じゃあ、行ってきます」

「…ほんとに行くんだ」

「はい」

「…いってらっしゃい」



目を合わせたら決心が鈍りそうだからずっと顔を見られない。


けど世那くんの声が少し震えている気がして私は最後に顔を上げた。


その途端ぐいっと腕を引かれ、唇が触れる。


短いキスの後やっと目が合う。



「ずるい…」

「なんとでも言え馬鹿」



世那くんは無表情でそう言い、手を放す。



ガチャン



マンションの廊下にはドアのしまった音だけが響いていた。

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