無口な担当医は、彼女だけを離さない。


私の腕から手を放した。腕にはまだ山本くんの感触が残っていた。



「やっぱり…なかったことにして、なんて無理だよね」

「えっ?」

「後からめちゃくちゃ無責任なこと言ったなって気づいて。俺が斎藤さんだったら絶対無理だし」

「あぁ…うん。なかったことは無理、かもだね」



やっぱり山本くんもあのことをなかったことになんてしたくなかったんだ。


なら尚更あの時山本くんがなかったことにして、なんて言ってのかは分からないけど。



「なかったことには出来ない。それは分かってるけど…斎藤さんとは普通に話したいんだ。友達として」

「私も話したいよ…でも今と前じゃ違うもん。嫌いになったとかじゃなくて…完全に同じようには話せない、と思う」

「…だよね」



酷いことなのかもしれない。


でももし私が世那くんだったらと考えると、嫌だ。


世那くんが仲のいい女の人の中に密かに好意を寄せている人がいたら、やっぱり少しモヤモヤする。

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