ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
ヒラマツの店内で灯至と話せば、誰が聞き耳を立てているかわからない。粧子は灯至を連れ近くの公園までやってきた。
人気のないベンチに腰を下ろすと、早速本題を突きつけられる。
「今回の縁談は全て白紙に戻されるそうだ。それと、明音が後継者の座から退きたいと願い出た。自分で新しい事業を立ち上げたいんだと」
「そう……」
「あんたはそれでいいのか?」
「ええ。構いません」
灯至は何かの冊子を粧子に向かって放り投げた。
よくよく表紙を見れば、介護施設のパンフレットだった。契約費も月額使用料も高額な高級老人ホームと呼ばれるタイプのものだ。
「ここなら槙島のコネですぐにあんたの大叔母とやらを入所させてやれる」
大叔母は立ち退きに応じる代わりに、いくつか条件を出した。庭に植えられたケヤキの木の移植と介護施設への入所だ。
齢八十の大叔母はなんとか自立は出来ているものの高齢の一人暮らし。現在は粧子と母が交代で家まで様子を見に行っている。
「わざわざ貴方が持ってくることないでしょうに……」
「あの婆さんには部下が散々手を焼かせられた。これ以上煩わされるのは御免だ。あんたがキチンと責任持って槙島に土地を売るよう説得しろ」
灯至は若くして槙島の都市計画部門の本部長を務めていると聞いていた。大叔母の無茶振りに一番困らされていたのは他ならぬ灯至だったのだろう。