ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
疲れた……。
粧子は帰宅するとそのままベッドに倒れ込んだ。病み上がりで無理をしたせいなのか、純夏に悪意をぶつけられたせいなのか、身体が酷く重かった。
粧子が灯至と結婚したのは、槙島家の威光にあやかれば秘密を守れるだろうという打算があったからだ。
灯至も同じように粧子が相続する遺産が欲しかっただけ。だから、自分だけが裏切られたと思ってはいけない。
粧子は純夏に責められて当然のことをした。
このままのうのうと灯至のそばにはいられない。
苦しい……。
粧子は殻に閉じこもるように背中を丸め膝を抱えた。
最初から全てを打ち明けていれば良かったのか?
もしそうしていたら灯至は粧子と結婚しようなどと思わなかっただろう。
どうして灯至を好きになってしまったのだろう。
好きだからこそ真実を伝えるのが怖い。粧子を見つめる愛しい瞳が、憎しみに満ちたものに変わるのを見たくない。
粧子は途方に暮れた。苦しくて苦しくて、心が千々に引き裂かれそうだった。
どれほどの時間が経っただろうか。
ベッドの上で目を瞑っていた粧子は急に猛烈な吐き気に襲われトイレに駆け込んだ。咳きこむと同時に胃の内容物が逆流していく。
気持ち悪い……。まだ調子が戻ってなかったの……?
なお、こみ上げてくる吐き気と闘いながら口をすすぎ、鏡のなかの自分の顔を見た時、粧子ははたと気がついた。
スマホのアプリを開いて、最後に月経が来た日を確認する。
やっぱり……。
月経の予定日を二週間ほど過ぎている。原因がはっきりしない吐き気、月経の遅れ。これが何を意味するのか、心当たりがある。灯至とは結婚以来、避妊をしていなかった。
まさか、妊娠……?
弾き出した結論に理性よりも感情が追いつかなかった。