ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「最初は何をどう勘違いしていても構わないと思っていました。私には失う物がありませんから……。たとえ本当のことが知られたところで、一人でどうとでも生きて行けると。まさか、子供ができるなんて……」
粧子は思わず腹に手を当てた。粧子はもう一人の身体ではない。お腹の中には夢にまで見た血の繋がった家族がいる。
「母の実子ではない私には大叔母の遺産を相続する権利はありません。遺産が手に入らないとわかれば、灯至さんから離婚を切り出されるでしょう」
相続の手続きが進めば、粧子が隠していた本当の秘密は自ずと灯至にも知られる。離婚したくないと懇願したところで叶うはずもない。
「えっーと……ごめんなさい。相続の話に疎くて……。よく分からないんだけど、どうして粧子さんには相続の権利がないの?」
これまで沈黙を守ってきた麻里がおずおずと挙手をする。
「遺産は本来なら故人の直系卑属、つまり子に相続される。子が死亡している場合は、孫がいれば孫に相続権がある。ただ、それは実子の場合だ。粧子さんと由乃さんは養子縁組をしていない、ということですね?」
「おっしゃる通りです」
由乃と養子縁組をしていないことは戸籍で確認済みだ。