ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「養子縁組をしていない場合、粧子さんに相続権はない。他に相続人が見つからなければ、モト子さんの遺産は甥である粧子さんの養父のものになる」
「そんなっ!!」
「遺産相続なんてそんなものだ。どうして今まで灯至にこの話をしなかったんですか?」
粧子の顔から血の気が引き、手が小刻みに震え出す。
「ごめんなさい……」
「ちょっと明音!!あんまり粧子さんを追い詰めないであげて」
明音の言う通りだった。粧子にもう少し勇気があれば、臆病でなければ、灯至に本当のことを打ち明けられただろう。
ずるずると先延ばしにしてきたのは灯至との結婚生活が、想定よりも幸せなものだったからに他ならない。
砂の城のようなはかない幸せをいつまでも享受したいたかった。そんな小さな願いも大叔母の死によって脆くも崩れ去ってしまった。
「ごめんなさい……」
「明音……」
麻里からジロリと睨まれた明音は、深いため息をついた。
「粧子さん、貴女の望みはなんですか?俺は貴女に大きな借りがある。出来る範囲での協力は惜しまないつもりです」
「私の望みは……」
もし灯至に妊娠が知られてしまったら、生まれてきた子供と引き離されてしまう。
槙島の血を受け継ぐ子供を灯至は決して手放したりはしない。
離婚はやむを得ないとして、子供のことは諦められない。後の人生を虚しく一人で生きるくらいならいっそのこと……。
「どこか遠くへ……。お腹の子供と一緒にいられるところに行きたい……」
なぜ黙っていたとなじられ、憎まれるくらいなら、何も話さず美しい思い出だけを抱えて灯至の前から消えてしまいたい。
「わかりました」
粧子の意思を聞くと、明音は直ぐに行動を移した。どこかに電話をかけると、ものの数分で隣県にある空き家を借りられる手筈を整えた。車で行けば四時間ほどの距離だ。今から出発すれば日が暮れる前には到着できる。