ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい

 粧子は必要最低限の荷物だけを取りに一度家へと戻った。
 灯至に二度と会えないと思うと彼が恋しくなる。
 初めの印象は最悪だった。ふてぶてしい態度で粧子を見下したかと思えば、秘密を盾に結婚を迫られた。
 けれど、いつしか灯至のひねくれた優しさに包まれ心を許してしまった。

 腕に書かれた携帯番号。
 脇腹の傷を厭わず愛された夜。
 ダイヤモンドの蝶の髪留め。

 そのどれもが粧子の人生を彩る大切な思い出となった。

 泰虎の元から逃げ出した夜、家族になってくれると言ってくれたのに、こんな形で別れることになるとは想像すらしていなかった。

 沈んだ気持ちになりかけて慌てて首を横に振る。それでも粧子は灯至ではなくお腹にいる子供との未来を選びとると決めた。いつまでも後ろ向きなままではいられない。

「さようなら、灯至さん」

 粧子は記入済みの離婚届と結婚指輪をテーブルに置いた。
 いつ三行半を叩きつけられてもいいように離婚届だけは用意していた。
 離婚しても灯至には純夏がいる。遺産に目が眩まらなければ、灯至は純夏と結婚していたはずだった。
 きっと粧子のことなど直ぐに忘れてしまうだろう。ううん、忘れて欲しい。
 粧子はバッグに荷物を詰めると、後ろ髪ひかれるような思いをひた隠し、灯至の元から飛び立った。
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