ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「茅乃、もうすぐ伯父さんがくるから可愛いお洋服にお着替えしましょうね」
「やーあー!!」
そう言うと、歯固めをカジカジしていた茅乃は得意のハイハイで粧子の元から逃げ出した。追いかけられるのが嬉しいのか、最近は名前を呼ばれると逃げるようになった。
「もうっ!!逃げようとする悪い子はこうしてやるんだから!!」
一気に距離を詰め抱き抱えると、きゃははっという笑い声が部屋の中に響く。
粧子が灯至の元から去って、一年半の時が経った。娘の茅乃は十ヶ月になった。
初めての出産は一筋縄ではいかず、丸一日陣痛に苦しめられた。その分、生まれた時の感動はひとしおで、元気な産声に涙したことを覚えている。
産褥期には麻里と明音が泊まりがけで手伝いに駆けつけてくれて、ままならない身体の粧子を労ってくれた。
明音が手配してくれた築二十年の2LDKのアパートの一室は、親子二人が暮らしていくのには十分な広さだった。今思えば、灯至と暮らしていたあの家が広すぎたのだ。
初めての育児に奮闘した十ヶ月はあっという間に過ぎ去っていった。