ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
茅乃の夜泣きとも重なり、粧子はほとんど寝ることができずに朝を迎えた。
「はーい。今出ます」
朝から家事や茅乃の世話に追われていた粧子は、突如鳴ったインターフォンに何の不審感も抱かず玄関の扉を開けた。
そして、現れた人物に目を見張ることになる。
「な、んで……」
「粧子が会いたがっていると聞いて飛んできた」
粧子は驚きのあまり、口元を手で覆った。焦茶色の長めの髪、粧子を惑わす唇、欲情に燃える瞳、仄かに香る香水。一日たりとも忘れたりしなかった。
灯至は最後に別れたあの日と何ら変わっていなかった。
「抱き締めてもいいか?」
灯至からは少しの後悔と躊躇いが見てとれた。その時、全てがわかった。
灯至は勝手にいなくなった粧子を見捨てずただ待ち続けていてくれた。
「ごめんなさいっ……。私を許して……。貴方を騙した愚かな私を……っ」
灯至と会ったら何を言おうかと夜通し考えていたのに、結局はみっともなく許しを乞うことしかできなかった。
灯至はそんな粧子を抱き寄せた。久方振りの温もりが嬉しくてハラハラと涙がこぼれ落ちていく。ごめんなさいと何度も何度も謝る。