ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい

「私に秘密なんてありませんわ」
「シラを切るな。とっくに調べはついている。平松粧子、いや宇多川粧子と呼んだ方が正しいのか?」

 別にどう呼ばれようと構わない。粧子が平松家の養子であることは、特に隠されていない。店の従業員あるいは平松の親族に金を積めば簡単に聞き出せるだろう。

「灯至さん、貴方はどこまでご存知なのかしら?」

「平松モト子、あんたの大叔母は五十五年前、密かに地方で女児を出産した。女児は由乃(よしの)と名付けられ児童養護施設で育ち二十五歳で結婚。その後、交通事故で夫と共に死亡。残された子供はヒラマツの先代に引き取られた。つまりあんたってことだ」

「よくお調べになられましたね。祖父から槙島に繋がりそうなものは全て処分したと聞かされていましたが……」
「紋白蝶の髪留めを知っているか?」

 髪留めの存在を示唆され、粧子はギクリと肩を震わせた。
 桐の小箱に入れられた紋白蝶の髪留めは粧子の部屋の押し入れの奥深くにしまってあるはず。

「死んだ爺さんの部屋に一枚だけ紋白蝶の髪留めを握らされた赤ん坊の写真が残っていた。おそらくあんたの母親だろう。髪留めを大事にしておけ。自分が槙島と縁続きだという証拠になる」

 貴方に言われなくても大事にしまってあるわ、とつい口に出しそうになる。紋白蝶の髪留めは粧子に残された由乃の唯一の形見なのだから。
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