ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「粧子の母親は今は再婚して北海道にいる。再婚後、子宝に恵まれ今や三児の母だ。実の親に会いたいか?」
粧子は首を横に振った。生きていると分かっているだけでいい。幸せに暮らしているのならば余計な波風を立てる必要はない。今はそれよりも……。
「なぜ黙っていたの……?」
「粧子は自分が連れ子だと知らないのかと思っていた。だからあえて言わなかった。言う必要はないと思っていた」
「馬鹿みたいね、私……。勝手に一人で騒いで、大勢の人を巻き込んで……。本当に馬鹿みたいだわ……」
虚しさのあまり乾いた笑いがひとりでに漏れ出る。秘密という名の舞台の上で道化師のように踊らされていた。
「なぜ俺から逃げた?」
「私が母の実子ではなく連れ子だと分かったら、離婚されると思ったから。子供を……茅乃を奪われたくなかった……。貴方は大叔母さんの遺産を手に入れるために私と結婚したのでしょう?」
「俺が相続を進めようとしたのは、それが故人の希望だったからだ」
「大叔母さんの……?」
「そうだ。吾郎の振りをしている間に何度も言っていた。娘には何もしてやれなかったから、せめて粧子には何か残したいと」
粧子の知らぬ間に二人がそれほど打ち解けあっていたことに驚く。
大叔母は粧子には一言もそんなことを言ってくれなかったのに。