ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
その日、粧子は自室で席次表を確認していた。招待客は双方合わせて百人以上。特に灯至の招待客は、会社の重役、取締役、区議会議員などそうそうたる顔ぶれである。
『招待客の皆様にはくれぐれも失礼がないように』
姑である槙島の女帝から極太の釘を刺されていた粧子は、槙島家の秘書が作った招待客リストにある名前と顔写真をひたすら覚えていった。
リストの半分ほどに目を通したところで、障子の向こうから声を掛けられる。
「粧子、今いいか?」
「えっと……泰虎兄さん、何の御用ですか?」
訪問の理由を尋ねると、泰虎はいつものように柔和な笑顔を見せた。
「粧子、一緒に行こう」
「行こうって……こんな夜更けにどちらへ?」
時刻は夜の十時を過ぎている。行こうと誘われても、いいですよとは答えにくい時間だ。粧子が首を傾げると、にわかに泰虎の表情が変わった。
「もちろん、槙島灯至の手の届かない所だよ」
泰虎はそう言うと粧子の腕を力任せに引っ張り、廊下へ引きずり倒した。
乱暴な振る舞いに身の危険を感じて戦慄する。このまま彼について行ってはいけないと本能が警鐘を鳴らしている。しかし、助けを呼ぼうにも平松家には粧子と泰虎の他に誰もいない。両親は商工会の会合に出掛けていた。
「は、離して!!泰虎兄さん!!」
泰虎は静止を聞かず、粧子を引きずるようにして、玄関へと向かった。一体どこへ行こうというのだろう。
「大丈夫だよ、粧子。安心して。俺が必ず君を守ってみせる」
「違うっ!!違うのよ、兄さん!!」
粧子は大きく首を振った。こんなことは一度だって望んでいない。必死で訴えるが泰虎は聞く耳を持たなかった。