ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「あんな粗野な男の元にやるものかっ!!粧子、俺は君を……!!」
「嫌っ!」
粧子は泰虎が言い終わらないうちに、渾身の力で彼を突き飛ばした。玄関までの道は塞がれている。それならばと縁側から庭に降り立ち、そのまま裏口から家を飛び出した。
どうして……っ!!どうしてっ!!
粧子は走りながら心の中で泰虎をなじり続けた。これまで均衡を保っていた二人の関係は脆くも崩れ去った。もう仲の良い義兄妹ではいられない。
「あっ……!!」
歩道の段差に躓いて、大きく転ぶ。靴も履かずに飛び出してきたせいで、足裏も痛い。それでも粧子は走った。泰虎が追ってきているかもしれないという恐怖に突き動かされるように走った。
もう……走れ……ない……。
粧子は橋のたもとまでやって来るとようやく足を止めた。河川敷の端に昨今は姿を見かけなくなった公衆電話を見つける。無一文だったが運良くテレフォンカードが置きっぱなしになっていた。
手首にはお守り代わりの電話番号がある。粧子は震える手で受話器を取った。
『もしもし……?』
三回目の呼び出し音の後に、聞き慣れた声が聞こえた。ああ、本当に灯至に繋がった。
「た、助けて……」
『粧子か?』
「お願い……助けて……」
『今、どこにいる?』
どこにいるか聞かれても無我夢中で走っていたせいで自分どこにいるか検討もつかなかった。河川敷の外れにいること。電話ボックスから橋が二つ見えることを伝えると、灯至は直ぐにピンときたらしい。
迎えに行くと粧子に告げると、電話を切った。粧子はその場に蹲り、灯至の到着をひたすら待った。