ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「粧子!!」
「灯至さん……」
「ごめんなさい……。呼び出したりして……」
灯至は自分が着ていたグレーのチェスターコートを粧子に羽織らせた。着の身着のまま、薄いカーディガンとスカート姿の粧子に春先の夜風は凍えるように冷たかった。
「予定より早いが、今日からうちに住め。もう家には帰りたくないだろう?」
灯至はあえて泰虎の名前を口に出さなかった。怯える様子から何があったのか察したのかもしれない。
粧子は灯至の運転する車に乗せられ、新居である槙島スカイタワーの最上階に連れてこられる。レザーソファに座らされると、大きな窓からは美しい夜景が見えた。目尻に涙が溜まりジワリと光が滲んでいく。
「私はまた家族と呼べる人を失ってしまった……」
平松家に引き取られた時、兄と呼べる存在が出来て本当に嬉しかった。優しく、手先が器用で尊敬できる兄だった。普通の兄妹のように互いに支え合って生きていけたらよかったのに。粧子が泰虎に求めていた兄妹愛はとうとう最後まで得られなかった。
「泣くな」
泣き崩れる粧子の前に救急箱を持った灯至が跪く。
「家族が欲しいなら俺がなってやる」
灯至らしからぬ精一杯の慰めだった。粧子は膝を手当してもらいながらひっそりと涙を拭った。
尊敬する義兄からの恋情より、強引に結婚を迫った男の優しさの方が嬉しいなんて、どうかしている。
翌日、二人は結婚式に先立ち婚姻届を区役所に提出した。
こうして粧子は名実ともに灯至の妻になった。