ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
どうしよう……。心の準備が……!!
先にシャワーを浴びた灯至と交代し、脱衣所にやってきた粧子は葛藤した。このまま何事もなく朝を迎えられるはずがない。彼にだって妻を抱く権利はある。
粧子は大きなため息をつき、仕方なく帯を解いた。
シャワーを浴びた後はショーツだけを履き、素肌にバスローブをそのまま羽織った。売店で購入できたのはショーツだけ。肌着の類はすべて売り切れだった。
身支度にはたっぷり時間をかけた。あわよくば先に寝ていて欲しかったが、灯至は粧子がシャワールームから出てくるのを律儀に待っていた。
「随分と長風呂なんだな?」
「あの……私……」
揃いのバスローブを着ている灯至を見ると急に現実が押し寄せてくる。一度は覚悟を決めたつもりだったが甘かった。胸元で握りしめた手がカタカタと震えだす。
「俺に抱かれるのが怖いのか?」
怖くないと言えば嘘になる。ただ、粧子が恐れているのは初めての性行為そのものではなかった。
「貴方にお話ししておかなければならないことがあります」
隠していてもいずれわかってしまうことならば、自白した方がいくらか傷が浅くて済むだろう。
「私が両親と死別したのは十歳の時です。旅行に出かけた帰り道に交通事故に巻き込まれました。実は私の身体には両親と同じ事故で負った……傷跡が残っています」
死傷者が何人も出る本当に大きな事故だった。粧子が生き残ったのも紙一重の差だった。
傷跡あるとわかれば、灯至も抱く気が失せるだろう。打算から始まった結婚なのだ。無理して夫婦生活を送る必要はない。愛人でもなんでも作ればいい。